西野皓三先生に寄せられたメッセージ Messages for Nishino sensei
西野皓三先生へのメッセージを多数お寄せくださり感謝申し上げます
多くの方々より、西野皓三先生への心温まるメッセージ、先生とのワクワクする思い出、対気の瑞々しい感動、驚きの体験をお寄せいただき深く感謝申し上げます。

西野先生もきっとお喜びのことと存じます。

皆さまの素晴らしいメッセージは こちらに届きました順に掲載させていただいております。
(このページでお読みいただき転載などはご遠慮ください)

メモリアルday以降、4月末までに届いたメッセージにつきましては西野塾にも掲示しております。

なお、西野先生へのメッセージは引続き受付けております。
info@nishinojuku.comまで是非お送りください。
お待ちしております。
西野塾
西野皓三先生へのメッセージ
4月9日
ご冥福をお祈りいたします。

『法句経』の一節に[やがて死すべきものの、今 生命あるはありがたし]とありますが、西野先生も常に『今生きていることだけが真実である』と おっしゃっていました。
西野先生がご逝去されたことは誠に残念でなりません、しかし西野塾は残りました。ありがたいことです。西野塾は楽しいところです。不思議なところです。一生通い続けたいと思っています、これからもよろしくお願いいたします。
上手清吾 92歳 稽古暦 28年


52歳で事業部長を拝命、腸内閉塞を発症して緊急入院した際に、瀬川正身さんから紹介して頂きました。初日の足芯呼吸で脂汗が滴り落ちたのを覚えています。それ以来、ヘアーバンドを着けています。お陰様で体調は劇的に改善して、多発していた大腸ポリープも完治しました。仕事面も順調で3つの事業部に渡り、8年間も事業部長を務める事が出来ました。現在は、再雇用で新規事業開拓を担当しており、民間世界初の月面探索ロボットYAOKIを応援しています。これからもよろしくお願い致します。
中越明  会社員 稽古歴 10年


4月10日
私の西野先生との出合いは、
私は、科学物質アレルギーになり、病院から処方された薬で、異常出血がおこり、病院では、治療できないとされ、病院からは来なくていいと言われ、『どうしよう』と思っていたところ、目の前の本棚に『西野流呼吸法』(この本は、10年以前に購入して読んでいませんでした。)
藁をも掴む思いで、西野塾に電話をして、西野塾に行きました。
体調は、徐々に良くなりました。
その後も、「ビルの塗り替えで 嫌な臭いを、嗅いで 体調が悪くなかった とき」は、必ず西野塾に直行して 体スッキリ
西野流呼吸法は、私の命を救ってくださる恩人です。
無記名

稽古場がまだ高速道路脇にあった頃、週間ポストの記事と写真を見てビックリし、入門しました。
当時は西野先生も指導員の先生方も若かったですね。
その頃は基本稽古が終わると対気の前に西野先生のお話があり、その後指導員の飛ばしがありました。
佐々木先生や橋本先生が驚きの声を上げながら後ろ走りし、壁のマットにぶつかってひっくり返ったまま動けなくなります。
足の裏はカチンカチンに固く、西野先生はコンクリートのように固くなる、とおっしゃっていました。
印象的なのは、生で見る迫力と共に、相手を痛めつけるのではなく、エネルギーを与えてより丈夫になる、という西野先生のお話でした。
好岡先生、松田先生が指導員になられる直前で、西野先生との対気も見れました。
 1番驚いたのは、指導員4〜5人が先生の周囲を囲み一斉に気を送ると、一瞬で全員が飛ばされたところです。
運が良くないと見れない飛ばしですが、大迫力でした。
また、佐々木先生が一瞬でカエルのように床に這いつくばるシーンも見れました。
 気は重いらしいですが、西野先生の超人的な気のエネルギーは想像もできません。
 晩年は稽古場にほとんどお見えにならなくなりましたが、90歳を超えてなお身体が柔らかくお肌もしっとりしていて、気のおかげと仰っていました。
私もこれまで大病もせず過ごせたのは、西野流呼吸法のおかげと思っています。
 今後もご指導のほど、よろしく お願いします。
寄田義和・事務業務・稽古歴30年


4月11日
先生への感謝の言葉
西野塾 笑顔集いて 壁解いて すべての細胞 溶け合うともがら

師の願い いかなる時空 超えてなお 今ここにある 呼吸の自覚

メモリアルday楽しみにしております。
高橋麻由美 稽古暦 22年 


西野先生メモリアルデイによせて
明るい陽射しが差し込む西野ビル6階のお稽古場で、小鳥のさえずりが聞こえる閑静な手塚山の教室で西野先生との対気は何物にも代え難いものでした。

目くるめくようなひと時、身体中に駆け巡る衝撃とエネルギーはまさにこの世のものとは思えないような凄まじい現象でした。たった一瞬の対気でもまるで雷に打たれたような衝撃が続き、ようやく落ち着きを取り戻した後、まるで湯上りのように火照ったからだ、自らの細胞ひとつひとつが喜んでいるのが実感出来ました。

ヘイフリックの細胞限界説125歳を語られていた西野先生、“僕は100歳まで現役でお稽古つけますからね!“その言葉にまだ暫くは猶予があり、学べるのではないかと安心しておりました。もう二度とあのひと時が訪れない、得られないのは耐え難い喪失感と悲しみです。

お別れの知らせは突然でしたが、古参の生徒の間ではご逝去の6月以来、松濤の地から先生の気配が感じられなくなったという話が囁かれておりました。勿論だれもが信じたくはなく、浮かんだ事を頭から振り払ったのは言うまでもありません。

私は先生との対気があまりに激しくのた打ち回るため、本来左右2回のお手合わせが1回のみで終わるのが常でいつも悔しく思っておりました。
身体が緩んで、無の状態で対気に臨む事が出来ればどんな気付きが得られるか?でも先生との対気は
1回のみ。そう思っただけで体に余計な力が入ったものでした。

1度だけ、インフルエンザで39.5度の熱があり思考能力ゼロ、ふらふらの状態で先生に臨んだ対気はまさに最高の出来栄えでした。

青山通りの西野ビルではお稽古に来る塾生が多すぎで、毎回6階、5階の2フロア―に選別されたことすら懐かしく思い出されます。お稽古を終えてビルを出られる西野先生を見送る生徒はまるで宝塚の出待ちのように通行の妨げになりそうな毎日でした。

お誕生パーティーで壇上に登場されるお姿は勿論素晴らしい輝きでしたが何よりも増してドアを開け
毎日お稽古場にお見えになる瞬間ことが私にとっては至極のひと時でした。

もしあの世でもう一度、先生と対気が出来るなら!そう思ってこれからも日々お稽古に精進しようと思っております。

西野先生、指導員の皆さま方、有難うございました! 
そしてこれからもよろしくお願いいたします。
山本充彦 稽古歴:20年


西野先生、いつも、愛のあふれる「気」をいただきありがとうございます。
ここに謹んで西野先生のご冥福をお祈り申し上げます。
また西野先生と西野塾でご指導をいただいた指導員の皆様に深く感謝申し上げます。

週1回の稽古で、22年通わせていただきました。
他の塾生のようにスマートに上達したわけではないのですが、毎回楽しく稽古させていただきました。
どんな楽しさかといえば、特に習い始めのころなど、稽古終了後の駅までの帰り道、いつもすこぶる明るい気分になり、「ちょっとスキップでもしたいな」というくらいに楽しかったです。

体を緩めることで心も「ほがらか」にしてくれる西野式呼吸法に出会えたことに感謝しています。
西野先生、そして指導員の皆様、ありがとうございました。
鈴木啓介 稽古歴:22年


西野先生、お疲れさまでした。ありがとうございました。
どんな超人も鉄人も偉人もいつかはお別れの時を迎えなければならないのですね。先生は100歳までは道場でお稽古をするとおっしゃっていたのでこのコロナ下でも先生は道場でお稽古を続けておられるとばかり思っていました。訃報を知った時は信じられない思いと深い悲しみに陥りました。
しかし、先生と西野塾との30年間が走馬燈のように蘇ってきた時にはどれも嬉しさ爆発の楽しい思い出ばかりで、今は感謝で一杯です。
稽古初期の頃、先生とのショッキング対気はまるで強力電気が全身通過した感覚でした。その後のお稽古はただただうれしく、楽しく幸せ感で溢れていました。
毎年行われたさまざまなパーティ、指導員稽古や年越し稽古などにも参加しました。数千人参加の巨大パーティが行われていた頃は先生からのプレゼントが抽選で当たるという時代がありました。私はルイビトンのお財布とバックが当たり、今も時折使っています。
また、1997年、私が主催した第37回生理人類学会大会にはメルパルクホールで西野先生に特別公演をしていただきました。1800人の参加者は西野先生の講演に大感動。30年間の思い出は尽きません。変わらない先生の清く、温かく、いさぎよいお人柄が大好きでした。
また、気を摩訶不思議な存在に放置することなく、科学的に解明したいとする学術的姿勢がずっと続いていたことは尊敬に値します。
私の生涯において、かなり長く、深く、先生に出会うことが出来たことを誇りに、また幸せに思います。まだまだ先生とのお付き合いは続くとばかり思っておりましたのに本当に残念です。悲しいです。
遺された塾の先生方、どうか力を合わせてこの呼吸法の素晴らしさを世界中に広めて下さいますように。
西野先生のご冥福をお祈りするとともに、限りない感謝のこころを捧げます。
片岡洵子 日本女子体育大学名誉教授 稽古暦30年 


4月12日
西野先生、お世話になりました。
空手向上のために入門しましたので、基本を学んだら即辞めるつもりでしたが、先生の魅力で今日まで続いております。
先生からは、呼吸法だけでなく人生の指針・糧も教えて頂いたと思っております。先生の笑顔や仰った名言が思い起こされます。
「人生は死ぬまでの暇つぶし!」「仕事=人生にあらず。人生の中に仕事もあるだけ」「生きてることだけが真実。後は幻」...etc
これからも、僕にとっての「開運体操」である西野流呼吸法を続けていきます。有難う御座いました。
最後に一言。西野先生に礼!!
緑川清人・35年


西野先生
30年以上にわたり多くの塾生を直接ご指導賜り、厚く御礼申し上げます。90歳を超えての対気など、どの武道でも考えられないことです。
お陰様で29年近く稽古を続けてきて私の人生観は大きく変わりました。暗くカラに固く閉じこもっていた私が、明るく陽気で開放的な性格に徐々に変化してきたのです。
一番の思い出は、先生の気を全身に浴びて大暴れをしていたころ、先生がわざわざ私のことを次のように塾生に紹介して下さったことです。
「この人は気ちがいかと思うかもしれないが、気ちがいではありません。細胞が喜んでいるのです!」
そのときは先生の言われる意味がよくわかりませんでしたが、稽古を続けるうちに本当に細胞が緩んできて喜んでいるのが実感できるようになってきました。今では何をやっても楽しく、生活のバックボーンになっています。今後も片道2時間半かけて、できる限り稽古に通いたいと思っています。
本当にありがとうございました。
(匿名希望)


稽古暦は10年以上になりますが、大阪支部が無くなり行く機会が減りました。
それ迄は西野先生にお会い出来るのが楽しく、その空間にいてるだけで幸福感を味わっておりました。
対気の前に先生のお話がとても良いお話で、まだまだやりたい事が一杯有り頑張るヨとおっしゃってました。
いつもお話を聞いて勇気を頂きました。
大阪に来られた日はいつも夢の中にいるような幸福感に満ちて 妹と2人“ツルツルちゃん”とおっしゃって可愛がって頂きました。
本当に前向きに人生を歩んで行く力を頂きました。
ありがとうございました。
塩見 浩子 会社役員


お稽古場で、西野先生が目を見て優しく笑ってくださると、本当に嬉しくて、それだけで心が「ぶわん」と膨らみました。
昨今の事情もあり、住まいも遠方のため、しばらくお稽古に通えていない間のお別れでした。
今までもこれからも、西野先生の笑顔を思い浮かべながら、毎日しっかりと正しい呼吸をして過ごしていきます。
山本容子  趣味の和ごと 講師(着付け/煎茶/長唄) 稽古歴 10年


西野 皓三先生がかつて在籍されていた宝塚歌劇団のことを取材した単行本「男たちの宝塚 夢を追った研究生の半世紀」を発表しました。いまから18年前に意を決して「男子部時代のお話しを伺いたい」とお手紙を書き、お返事を待っていました。書店に入り、くしくも先生のご本を手に取った瞬間にご本人から電話が入り快諾いただきました。大阪の教室に伺い取材したのですが、フランクに当時のことをお話しいただきました。2度目は「男子部時代の先輩(第1期)」の方と一緒に伺ったのですが、終始「先輩」に敬意を払われ、わざわざタクシーを配車して自宅まで送り届ける気遣いに感激したのを覚えています。
それ以来、毎年行われる誕生会にも、塾生でもないのにお招きいただき、拙著をご紹介いただき、会場でいろいろな方々とお会いできたのも、ありがたく思っております。拙著を原作にした「宝塚BOYS」という舞台がこれまでに5回、再演を繰り返しており、「ダンスの達人」も登場します。舞台や収録したDVDを観るたびに、その人物に先生をダブらせています。ありがとうございました。
演劇ライター 辻則彦

4月13日
あの超人的な西野先生の訃報に接した際は、言葉もありませんでした。
思い返せば、2009年3月に、塾生の羽田さんのご紹介で、青山のビルの応接室で西野先生に初めてお目にかかり、稽古場での先生の稽古風景を見学した際に、目の前で起きている光景に驚き、とにかく自分自身で体験してみたいと、即、入塾を決意しました、そのあとビルの応接室で好岡先生からマン・ツー・マンで華輪の指導を受けたことも鮮明に覚えています。
西野先生から受ける気の強さで走り出している自分に気が付いたのは半年ほど過ぎた頃でした。西野流呼吸法を始めて、皆さんと同様に骨密度が若者並みに改善したのはもちろんですが、人間ドックで測る体脂肪が一時は150cm2と正常値を大きく超えていたものが、年々減少し正常値上限の100cm2を切り、9年目には50cm2を切るまでに減ったことも驚きでした。呼吸法の大事さを教えていただいた西野先生には感謝の言葉しかありません。
 以前、人間は二度死ぬのだ、という話を宗教家から伺ったことがあります。一度目は肉体的な死ですが、亡くなった方を知っている方、想っている方が生きている限りは、皆の心の中で生きている。そのような故人を思う方々がすべてこの世を去った時に二度目の死を迎える、とこのような話だったと思います。西野先生を失った悲しみは、簡単には消えることはないでしょうが、西野塾の先生方、塾生の皆さんなど、先生との思い出を持っている人々がこの世に生きている限り、皆さんの中で生き続けていることと思います。
鈴木滋彦 キヤノン電子テクノロジー(株)取締役会長 稽古暦9年

4月14日
私と西野塾とのかかわりは、確か生江有二氏の著書「気の力」を見て西野塾を知りました。そこには、取材に来られた水島新司さんの突き指を西野先生が気で直した記事が記載されていました。それまで、太極拳等と色々なものに手を出していましたが、これだと直感して、大阪の道場に通うようになりました。最初の3年間は全く反応せず、飛び跳ねる人を羨ましくみていましたが、道場を辞めようという気は全く起きず、その後徐々に気を捉えるようになり、以後、30年近く通いました。
ただ、東京の道場には機会がなく一度もかよったことはなく、その為、西野先生との対気は、大阪に来られる一月に1,2回だけで、今から考えると残念なことをいたしました。
以上のように、30年になりますが、その間健康上特に問題となることもなく無事でいられたのは、西野塾の御蔭だと感謝しております。西野先生亡き後寂しくなっていますが、どうぞ残された方々で頑張ってください。お祈りしております。 
小副川義昭 大阪校


「西野先生へのメッセージ」
私は、西野塾によって命を救われたといっても過言ではありません。通い始めて10年後、日本経済のバブル崩壊によりたくさんの企業が倒産しました。私の経営する企業も苦境に立たされました。そのストレスにより、6年後私は心筋梗塞に襲われました。その時カテーテル手術により一命をとりとめ、今日に至っております。 発症1週間前、急に胸が痛くなり病院で診てもらったところ異常はないという診断でした。その後、人間ドックを受けに行った診療所で心筋梗塞の発症が発見され、直ちに手術を受けられたという幸運でした。1週間程度の入院で済み、その後西野先生に何度か気を当てていただきました。温風ヒーターのような先生から発せられる気を数回か受けた時、心臓がもう大丈夫といったような気がしました。
その体験が、西野先生がおっしゃっていたミトコンドリアの作用ではないかと、思い至っております。
その後、再発もなく今日に至っております。発症したのは58歳の時です。その後60歳台の7年間、仕事をつづけながら教育学大学院で若い方々と学ぶことが出来ました。大変ありがたいことです。
活かされている自分を自覚し、第2の人生が始まっていると思い、日々新たに西野塾と共に歩んでおります。
先生の思い出と言えば、生前良くおっしゃっていたミトコンドリアと、細胞同士が会話しているとの話です。生物の教科書のどこにも書いてない話で、懐疑的でした。それが今日すべて本当だという事が立証されています。先生は、体に関する驚異的な直観力の持ち主だと思います。
最後に気の力については、入門直後先生が指導員を飛ばす光景をよく見ていましたが、常人には関係がないと思っておりました。ところが6か月後対気で自分が床に叩きつけられました。その時指導員からあまり力まないほうがいいですよ、というアドバイスをいただきました。入門時私の体はストレスでコチコチであったようです。私の稽古暦は、体を緩める訓練の歴史でもあります。ありがとうございます。
最後に塾生として長年指導いただいた西野先生のご冥福を心よりお祈りいたします。
池野健一 稽古暦31年半

4月15日
西野先生へのメッセージ
誰でも分け隔てなく必ず一度は対気していただけたこと。これは大変な驚きでした。もっともっと西野先生のエネルギーを感じていたかったです。稽古場での心身ともに解放される時間に助けられ、人生を歩んできたように思います。ありがとうございました!心よりご冥福をお祈り申し上げます。
川村正美 在宅翻訳、英語 稽古暦は30年くらい


大阪の地から、生前 西野先生から頂いたご指導に感謝申し上げ
お別れのお祈りをさせて頂きます。
榊原武司


西野先生には30年間超心身ともにご指導いただき、80歳代に至る今日まで健康で、生涯現役を全うする希望に満ちた日々を過ごすことができております。
そのご報告と感謝の気持ちをお伝え申したく、参加させていただきとうございます。
元西野塾塾生・根本 伸一


西野先生へのメッセージ
大好きな西野先生。
少年のように美しく純粋で、勇敢で力強く、優しく温かく、おおらかで繊細な西野先生。
西野塾にはいつも、先生の大きな愛があふれています。
先生、ありがとうございます!
そしてこれからも、どうぞよろしくお願いいたします。
立岩 貴子 医師 稽古暦 31年


突然の訃報にただただ驚くばかりです。
先生のお陰で、娘が出産した二人の孫も元気に育っております。
孫にも先生にご指導いただける日を心待ちにしておりましたが、叶うことなく
残念です。
これからもご指導いただいたことを日々継続していければと思います。

楽しい時間をいただきありがとうございました。
ご冥福をお祈り申し上げます。
染谷泰子 稽古暦:18年


4月16日
西野先生 ほんとうにありがとうございました。
33年前に入塾して最初は正中線の取り方を教えていただき、その後気について、まさに目から鱗が落ちるという言葉通りの体験をさせていただきました。
先生のお話からもいろんなことを学ぶことができました。
途中中断もありましたが、娘もお世話になりました。
西野流呼吸法を知り、学べたこと、とても幸せだと感謝しております。
西野先生 ほんとうにありがとうございました。
永岩孝英


4月17日
西野先生ご逝去の報に接し、先生とのさまざまな情景がとめどなく駆け巡りました。
十年にも満たない短い期間でしたが、西野塾は、私の人生の重要な一部でした。
先生との出会いによって、私は健康で働ける身体を取り戻し、のみならず西野流呼吸法といふ、命の根源に至る生命哲学に触れる機会を得ました。
それは私の人生にとって、かけがえのない体験となりました。
西野流呼吸法は、言うまでもなく、単なる健康法に留まらず、時空を超越した領域へ人を覚醒させてくれる力を秘め、自身の身体と森羅万象がつながっている事を実感できる驚異のメソッドだと思います。
いまでも忘れられない先生の言葉に、「この世はバーチャルだ」といふものがあります。
これはつまり、般若心経の「色即是空空即是色」と相通ずる究極の認識哲学であり、先生の想念は、とうに身体を超越した領域に達しておられたのだと愚考致します。
稽古場に西野先生が現われると同時に、温かで匂ひやかなオーラを感じたのは、私だけではありますまい。
それは、心の乱れや身体の乱れを瞬時にして整え、浄化してくれる、幸福感に満ちた瞬間でした!
そして今なほ、私は先生が身近におられるやうな気がしております。

ここに改めて西野先生へ、感謝の誠を捧げます。
黛りんたろう   ドラマ演出家  稽古暦 2012年から


・西野先生へのメッセージ
 30年以上の長きに渡り、西野先生に直接ご指導を頂けたことは私の人生にとってかけがえのない
財産で本当にラッキーなことと感じております。同じく長くご指導を頂いた両親、夫、妹夫婦を代表して、
改めて心より御礼申し上げます。
 先生が生み出された西野流呼吸法は、人に頼らず自らエネルギーを高めることができる世界に類をみない
メソッドと実感しております。先生の宇宙のような壮大なエネルギーはこれからも生き続け、呼吸法を実践するものを通じて
生命の息吹を吹き込まれることと信じております。
 私も益々自分のエネルギーを高め、西野先生のようにこの瞬間・瞬間を楽しみながら、西野先生の偉業を世界の方々に私なりに
お伝えしていきたいと思っております。
 西野先生に出会えて幸せです。❤️🌹 ありがとうございました!
間 美弥子 会社役員・コーチ (元キリンビール勤務) 稽古歴:34年 


西野皓三先生
私は、2004年に西野流の門を叩き入門いたしました。この頃の私は救急の現場で心身ともに消耗し切っており、医師を続けられるかどうかという窮地に立たされておりました。
しかし、西野流の稽古で心身の不調は薄紙を剥ぐように改善し、ついには劇的な変化がもたらされ、将来への希望は再び膨らみ始め、ワクワクとした毎日を送れるようになりました。当時、稽古の前に道場生に西野先生がいろいろなお話をされることがございましたが、塞ぎこんだ私の顔を見てか、まるで私に向けて送られたかのような励ましのお言葉にも大変勇気を授かりました。
この西野流が私の復活の決め手となり、もう一度大学の救急の現場に戻ることができました。心より感謝いたしております。
新たな気持ちでチャレンジを継続した結果、昨年、大学病院の教授となることができました。これまでお世話になった西野先生にもぜひお知らせし、感謝の気持ちをお伝えしたいと思っておりました。
これからも西野先生との思い出を胸に、ずっと西野流を続けていきたい、これが今の私の気持ちです。
新井正徳 医師(日本医科大学付属病院 救急診療科部長・病院教授  稽古歴18年目

4月18日
29年間塾生として、西野先生、好岡先生を始めとする全ての指導員の方々に教えていただいた事は、私の人生の宝になりました。
感謝の気持ちで一杯です。
大変困難な状況では思いますが、西野塾の益々のご発展を心よりお祈り申し上げます。
北原幸男 指揮者 稽古歴:29年


4月19日
西野先生の訃報を知り、まことに残念です。
深くお悔やみ申し上げます。
西野流呼吸法の創設、そして、それを世の中に広めたということは本当に素晴らしいお仕事でございました。私も西野流の恩恵を深く感謝しております。
ご冥福をお祈り申しあげます
片岡 暁夫 筑波大学名誉教授 元日本学術会議会員 稽古暦27年
      

「人生が大きく変わった」
西野流呼吸法を始めて、35年になります。
経過は、1日目から肺活量が上がりました。3年目位から骨が太くなり、筋肉がついて、体型がY体からA体に変化しました。
その後、身体を緩める事が出来て、年4回程度引いていた風邪も引かず、精神的に安定しました。
仕事は、会社のコアになる仕事に関わる事が出来て、恵まれました。
又、死に至る様な事故を回避出来たり、危険回避の感性が上がった様な気がします。
まとめ、西野流呼吸法をやっていて感じたこと。
@人は産まれた時は、無限の可能性を持っている。しかし、歳を経るにしたがい、経験や知識を身に付ける、そしてそのフィルターを通して考え行動する。それが自己と言う枠となっています。呼吸法を行っている時は、産まれた時の状態に戻れた様な気がします。
A生きると言うこと、人は産まれた時から、持っているパワーが違う様な気がします。
お金に例えると、10円の人は10円,100円の人は100円、1000円の人は1000円のパワーを持って生まれ、100円の人がいくら頑張っても1000円のパワーを持てない。人生の違いは、同じ100円であっても、磨かないくすんだ100円と一生懸命磨いた100円のような気がします。
他にも、感じたことがありますが前記2点が大きな感じです。
河合 司 経験35年


花びらは散る/花は散らないということばがあります。
西野先生と私たちは、幽明境を異にすることになりました。
今生における西野先生のご逝去(花びらは散る)でしたが、
しかし西野流という「花」は指導部の皆様の中に、大輪の花(花は散らない)として咲いています。
今後ますますのご活躍を心からお祈り申し上げます
以下連載コラムより抜粋
(7頁)私が編集担当の役員になって間もなく、『主婦の友』新年号の宣伝広告にかかわるトラブルが発生した。その当時の『主婦の友』新年号は、発行部数が139万部という、文字通り社運のかかった年末商戦だった。附録の目玉は、「家計簿」と「運勢占い」だったのだが、突然、占いの先生が「私の名前と運勢占いの文字を、新聞広告から外してほしい」と電話してきた、明日、原山役員も一緒に占いの先生に会いに行ってほしいと、副編集長のNから助けを求められた。そこで西野先生に相談すると、アドバイスはひと言。
「華輪を振って、足芯呼吸を稽古しなさい」
「華輪」は西野流呼吸法の準備体操のひとつで、火消しの纏を振るように、ゆるめた両腕を体幹に巻きつけるように振るエクササイズ、「足芯呼吸」は足の裏(足芯)から吸い上げた息(実際には鼻で吸うのだが)を頭のてっぺん(百会のツボ)まで巡らして、その息を再び足の裏(足芯)に吐き下ろすエクササイズである。その晩は、西野先生のアドバイス通りに「華輪」と「足芯呼吸」の稽古を行うことにした。
翌日、Nと一緒に占いの先生のお宅をおそるおそる訪ねる。新聞広告から名前と占い附録の掲載を外す件で、再考いただけませんかとNが切り出すと、あっさり「あら、私の名前も占い附録も、新聞広告に載せていいわよ」とOKが出た。強硬なダメ出しを覚悟していた私たちは、前日までと180度の変わりように驚いた。「ありがとうございます。では早速、新聞広告の方を……」と言いかけたNを、占いの先生は手で制して、「私の開運色紙を、読者に抽選でプレゼントは、どう?」と新しい提案をしてきたのである。
このことは、相手(占いの先生)の気を変える・変えようとするのではなく、前の晩に呼吸法の稽古をした時点で、自分の気(身体知の活性)のありようが、すでに変わっていたということなのだろうか。
「呼吸が変われば、新しい運命が拓ける」という〈ことば〉の意味が、少しわかったような気がする。
(コラム14頁)
「人間はいま生きていることだけが本当(真実)です」という西野流呼吸法創始者の西野皓三さんは、さらに「働くというのは、生き生きとした身体で、楽しくからだを動かすこと。生涯を生き生きと、楽しく働くことが最高の生きがいではないですか?」と、稽古場の弟子たちに語りかける。
原山建郎 健康ジャーナリスト


西野先生へのメッセージ
          経営革新コンサルタント 代表
                        工学博士  羽田祐一 稽古暦28年
毎朝、庭に出て足芯呼吸から始まり一連の西野流呼吸法を行うと冬でもうっすらと汗をかき、気持ちの良い一日のスタートとなります。同時に、変わりゆく季節の変化も体感できます。 

西野先生が逝去されたとの悲報を受け、驚きを隠しきれなく“なぜ、なぜ、なぜ、”でいっぱいになりました。
西野先生と初めてお会いしたのは、今から28年前でした。先生のお話を聞いていると今まで聞いたことのない、新鮮な世界に吸い込まれていくような気持になりました。早速、西野塾に入塾し呼吸法を始めたのですが初めは「この程度で大丈夫か」と疑問を持ったのですが、3か月が経過すると不思議と身体が変化し、「気」で飛んでいる自分になっておりました。その後、西野流呼吸法を重ねるたびに体感の良変化を感じるようになり何事もプラス思考で行動するようになりました。
西野先生との想い出は多々ございますが、2つ挙げますと、
1つは西野先生が来仙されたとき、不思議と社内の桜が通年の1週間前に開花したことでした。その時は従業員の皆さんも桜の開花にびっくりしておりました。西野先生とお会いすると不思議なことが起こります。
2つ目は、先生が来社された折、色紙に「気」を描いていただき、今でも宝物として家に飾っております。その折、先生から「頭脳知と身体知」について話があり、非常に興味を持ちました。
「頭脳知と身体知」について少し記述しますと、「頭脳知」とは、生後、書物や人から教わることなど、外部から得られる後天的な知識のことで、知っているか知らないかの既知の世界です。一方、「身体知」は生命体として生き抜くために持って生まれた先天的な、かつ本質的な知識のことで、行動するかしないか、やるかやらないかの未知の世界です。行動して優れた結果を創出するためには頭脳知をも包摂した身体知が非常に重要です。企業に当てはめると、頭脳知は本社の知識集団であり、身体知は現場の知識集団であります。優れた業績をあげるためには身体知で感性に満ちた行動を起こして結果を出す経営、即ち、「身体知経営」が最重要です。「身体知経営」は「商標」として西野先生と共同出願して登録したことも想い出として心に残っております。 身体知経営は企業ばかりではなく、国家の運営等、全ての事項に当てはまると考えております。
今の世の中は、新型コロナウイルス、ウクライナ戦争等、激変しております。良い結果をもたらす為には個々人の身体知を高めることが重要と考えます。
西野先生には非常にお世話になりました。
先生の業績は私達の心深くに永遠に残ります。  以上


西野皓三先生を偲んで
それは西野塾に入門してから、1年あまり経った頃のことです。
西野先生は稽古の合間に稽古中のみんなを集め、呼吸法と自己治癒力について講話を始められました。その講話の最中、近くでお話しを拝聴していた私を手招きして、
この人は上口さんと言ってデジタルアーチストてす。私の本の装丁などもしてくれていますが、西野塾に入った理由は顎関節症に悩まされていたからです。呼吸法を続けて治ってきました。これがいわゆる自己治癒力の例なのですね…と言って私の手をとって握手してくださいました。
私はすかさず先生のお陰です…と答えました。塾生の間から、わぁっ!と言う歓声と拍手が沸き起こりました。先生はそれを講話の締めくくりとして、では自己治癒力を高める対気をしましょうと言われ、また塾生の一人ひとりと対気を始められました。
三十年近く経った今でも、その日始めて握られた、しなやかな鋼鉄の指先から伝わってくる、あの痺れる様な気迫を思い出さずにはおられません。それから20年余を欠かさず稽古に励み、西野先生から気溢れる優しいご指導を受けて参りました。
一周忌を迎え、西野先生と過ごした気迫の対気に思いを馳せ、ご逝去の無念、御冥福をお祈り申し上げます。
西野先生ありがとうございました。 合掌
上口睦人  デジタル アーチスト  稽古暦 23年


私は西野塾へ入塾して60年間の吃音の悩みが治りました。小学校時代から吃音で色々の矯正所、話方教室に行き、発声練習と緩めて丹田呼吸法をしてましたが治りませんでした。
30年前本屋で西野流呼吸法の本を購入し「緩める呼吸法」に魅かれ入塾し緩めて足芯呼吸法をして、20年過ぎから手足にピリピリ感が出て吃音が治って来ました。
これは緩めの呼吸法もありますが足芯を意識出来るようになり気の上がり下がりをコントロールできるようになった為ではないか?と思いました。その証拠に手足にぴりぴり感が出て来て足芯が意識出来るようになった事です。吃音は人前で上がって緊張し言葉が出て来ない、緊張して上がったのを緩めて下げればいいわけです。それを足芯を意識し下げるコントロールが出来るようになった事です。足芯を意識すると気が下がり身体が緩んでくる、気功で言う「上虚下実」の状態になったからと思えます。足芯を意識するトレーニングをする事より氣の意識が肩胸喉に上がりを下げる事が出来るから吃音が治ったものと思われます。
又身体を風らし気が巡るようになりました、足芯呼吸法は心の安定、身体の健康にいいようで、肺を鍛え肺炎予防、コロナにもいいのでは?と思っております。これからも一生の宝として稽古して参りたいと思います。まさに西野先生様様、尊師として尊敬しています。天に召された西野先生、これからも塾生を暖かく見守ってくれる事をお祈り申しあげます。ありがとうございました。
佐藤孝二 76歳 1991年〜2007年17年間


メッセージ:西野先生ありがとうございました。初めて先生と対気させて頂いた時のことを今でも昨日のことのように鮮明に覚えております。
この世の物とは思えないほどの至上の優しい気が私の身体に満ち溢れました。稽古帰りの道端の花が驚くほど美しく目に飛び込んできました。
真の気というものを実感しました。
残念ながら大阪の塾は閉まってしまいましたが今でも毎日西野先生を思い浮かべながら自宅で華輪、天遊、礼を行っています。
生涯西野流から離れることはないと思います。
本当にありがとうございました。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

小林省吾 歯科医 稽古暦17年


 私は今年満で91歳になります。先生の後を追い、どこまで長生きできるか挑戦!と思っていた矢先 先生の訃報。大きなショックを受けています。先生の死が未だに信じられません。

 でも、先生は私の心の中に生きておられます。 毎朝、毎晩 自宅で行う対気の相手は今も西野先生です。いつも優しく微笑みかけて頂いています。

 これから先生の教えを守りながら 呼吸法に徹し、先生の年齢を追い越せれば
 それが先生へのご恩返しになると思っています

 今はひたすら先生のご冥福をお祈り申し上げます
 先生 長い間 本当にありがとうございました。

佐久間 f二  会社役員 稽古暦 28年 (1994年2月より)


4月21日
西野塾に入り西野流呼吸法を稽古始めて30年以上になりました。
単身赴任でくすんでいた1サラリーマンがこの呼吸法を稽古することで大きく変われました。そして何より、素晴らしい多くの友人を得られたことが貴重な財産です。
今までの1番の思い出はハワイ合宿です。私はこの合宿で、宙遊を実感しました。更にこのことが合宿ビデオ「ときめいて生きる」に出演でき、後に西野塾ホームページにも掲載される記念すべき出来ごとになりました。
また道場での稽古では、西野先生との対気で、ある時先生が、私の手を自分の丹田部に当てて対気するようにと、またその数ヶ月後には今度は胸に当てて対気するようになりました。そのお蔭で先生のすさまじいエネルギーを全身で受ける幸せを毎回味わうことができました。この事は自分のエネルギーが高まることに直結したのではと思います。今このような対気がもう出来ないと思うと、本当に本当に寂しく辛いです。
西野流呼吸法は稽古を続けることで元気を維持していけます。これからも続けます。道場に行けなくとも西野先生に教わったことは体にしっかり染み込んでいます。指導員の皆さんが西野先生の教えを継続して広めてほしいと切に願っています。コロナ禍の中でも西野塾は全く休まずに稽古してきた実積は凄いことです。また必ず稽古に行きます。
西野流呼吸法は正に不滅です‼
西野先生。本当にありがとうございました‼
塾生 石井東洋一 稽古暦30年以上


4月22日
西野先生へ
西野先生、25年間ありがとうございました。
西野先生の慈愛に満ちた眼差しをいつも思い出します。
先生との対気は、特別なもので、私は足で顔に触れてもらったり、男性としては唯一だと思いますが、キスしていただいた事、鮮明に覚えております。
今の私があるのも、全て西野先生のおかげです。今までの波瀾万丈の人生の中で、先生から『今を楽しく生きる』ことの意味をしっかり身体に染み込ませていただいたおかげで、地に足をつけて生きて来られています。
先生との晩年のお約束、守ります。
ご安心して天から見守っていてください。
これからも、ワクワクした人生を西野流呼吸法をしながら、送っていきたいと思います。
松本義弘 株式会社One More Japan 代表取締役  稽古暦25年


4月24日
「西野先生へのメッセージ」
西野先生ご逝去の報に接し言葉を失いました。今でも信じられない思いでいっぱいです。
 私は二十年前に直腸がんの宣告を受けましたが、日頃から先生のお話を伺っていましたので、「必ず治る。」という信念のようなものがありました。そしてそのとおりすっかり回復し現在に至るまで再発もなく心身ともに元気にしております。先生と西野塾の皆様のお陰と心から感謝しております。
 今も近くの多摩丘陵の小高い丘に登り呼吸法をしていますが、そんな時澄みわたった美しい空から先生が優しく見守ってくださっている気がして涙がこぼれます。
 西野皓三先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。ありがとうございました。
山口 久子  主婦  稽古暦20年 


4月25日
西野皓三先生の億万の気エネルギーが炸裂し、私たちを貫き通す。
測り知れない何かが私たちの心と身体に怒涛のごとく流れ込む。
すべてが慄き、何かが起きる。
私たちは、涙する。命の悦びに。
極限の悦びは、瞬時、瞬間を連なり続く。
生きる(活きる)力、気を高める力、そして夢見る力が湧いてくる。
奇蹟だ。ありえない。信じられない。でも、そこに、奇蹟が起こっている。

天に響け、私たちの悦びの歌が。
地に轟け、私たちの命の鼓動が。
宇宙に広がれ、私たちの気のパワーが。

西野先生、私たちの感謝の言葉をお聞きください。
西野先生、私たちの悲嘆の声をお聞きください。
私たちの歌声は、天空に響いています。

西野先生、ありがとうございます。
たくさんの愛を私たちに降り注がれました。
西野先生は、いつも私たちと共におります。

藤川 鉄馬 典子


西野先生

大変長きに渡り、ご指導有難う御座いました。
先生の考案した足芯呼吸は、他の様々な呼吸法のなかでも珠玉であると思います。
全身60兆の細胞全てでの呼吸ーこれに尽きると思います。
先生の実践での神技と思える強さ、哲学、人生訓に触れることが出来き、本当に幸運でした。

「今、生きている(息している)事が全て、あとは幻想である。全ては、諸行無常であり、永遠なものは何もなく、今この瞬間が全てである。」という先生の教えは深い真理であると思います。

如何に良い呼吸をするかは、日々、西野流呼吸法を稽古するしかないと今更ながら悟りました。 「極意は基本」、「基本が極意」を肝に銘じ、先生のお別れ会を期に、初心に帰り、稽古を続けていきたいと思っています。

最後になりましたが、指導部の皆様と関係者の方々に感謝致します。
平成元年入塾  井口 泰秀


[西野先生へのメッセージ]
西野先生、永い間大変お世話になりまして、本当にありがとうございました。
西野流呼吸法のお陰で、人はそれぞれ自分の力で自分の持つエネルギーを最大限に高める事が出来ることを知りました。
これまでどれだけ多くの人々が勇気付けられた事でしょう。
先生からご指導いただいた「愛のパワー」を今こそ生かし、これからの世界を明るく平和なものにして行く事が、残された私たちの使命だと感じております。
先生と同じ時代を生きる事が出来て、とても幸せでした。
本当にありがとうございました。

高山ひな子 区役所職員 稽古歴 1990年から(正味20年くらい)


西野皓三先生の御逝去、心よりお悔やみ申し上げます。
呼吸法という東洋に共通するBodyworkが、武道としてではなく、一般の皆さんが、自分の身体の不思議さ素晴らしさに気付く、西野流呼吸法Methodsを創始、普及に努められました。21世紀を先取りする身体論の御指導、本当にありがとうございました。
(220218、Twitter、@NBMSendai より)
西野皓三先生には、1989年初より順天堂大学助教授として西野塾でご指導を受け、指導員稽古への参加許可等、深く西野流呼吸法の真髄をご指導いただきました。
1993年東北大学教授として加齢医学研究所で定期稽古の許可をいただき、現在は河北TBCカルチャーセンターの稽古と、仙台での30年弱の研鑽に繋がっています。
2007年には日本呼吸器学会会長として西野皓三先生に招請講演をいただきました。
2017年2月には、海外での指導認定証をいただき、コロナ禍まで3年間、Timur Ucmak先生ともどもMunich、Zurichで多くの皆さんを指導しました。
西野先生のMethodsが世界中の人々や医療にも広がるよう、努力いたします。

仙台西野流呼吸法 東北大学名誉教授 貫和敏博  稽古暦1989年〜



「西野先生への心からの感謝」
 西野先生、 突然の訃報に言葉もありません。
 西野先生は、西野流呼吸法を科学的に証明し、学術論文としていくつもの研究成果を国際誌に発表されるなど、科学者としてのご活動も大変すばらしく思います。「気」の存在を培養細胞を用いて証明した論文で、西野先生が細胞に直接「気」を当てている両手の写真は今でも忘れられません。
 また、稽古ではどれほど塾生で混んでいても、最後の1人までしっかり直接手合わせをして下さり、いつもやさしさに溢れていました。西野先生にご指導頂いた西野流のお陰で、私は大きな困難に直面した際も呼吸法により気を整え、これまですべて乗り越えてくることが出来ました。現在の私があるのも、西野先生のお陰です。
 恒例の華やかな誕生会で西野先生のお元気な姿を拝見し、一年分のパワーを頂く事ももう出来なくなり、大変寂しく思います。

 これまで長年にわたりご指導頂き、本当にありがとうございました。
 心よりご冥福をお祈り申し上げます。

山浦 克典 慶應義塾大学 教授 稽古歴:18年


4月26日
Nishino Sensei was the one and only Sensei, who completely changed my life. And yes, in a way I can also say: he healed my life.
Why?
Because through the teachings of Nishino Sensei I started to feel, what a healthier, happier and more complete life is like.
And not only me:
All my patients, who I am teaching the basics of NBM, got stronger, healthier and happier.
Even though I can say that my gratitude towards Nishino Sensei is limitless, still this is not able to describe what a powerful and genius Sensei Nishino Sensei was.
My family, my patients and me: we will never forget Nishino Sensei.
Our deepest condolences to the Nishino family, all the Nishinojuku Senseis and to all the members of Nishinojuku.
My warmest regard,

Dr. MD. Timur Ucmak (Switzerland)

西野先生は唯一、私の人生を完全に一変させた先生でした。そして、確かにある意味、西野先生は私の人生を癒してくださったと言うことができます。
何故か? それは、西野先生の教えを通して、より健康で、より幸せで、より充実した人生とはどのようなものなのか、を感じ始めたからです。 それは私だけではありません: 私が西野流呼吸法の基礎を教えているすべての患者は、より強く、より健康に、そしてより幸せになりました。
西野先生への感謝の気持ちは尽きることはありませんが、それでも西野先生がいかにパワフルでどんなにすばらしい天才なのかを言い表すことはできません。
私の家族、私の患者達、そして私は、西野先生のことを決して忘れません。
西野家の皆様、西野塾の先生方、西野塾の皆様に心よりお見舞い申し上げます。
医学博士MD  Timur Ucmak(スイス支部)


西野先生の訃報に接したときは、本当に信じられない気持ちになりました。残念でなりません。
同時に、西野先生の気を受けて、稽古場をころげ回っていた頃をなつかしく思い出しました。
先生は本当に、一人ひとり、分け隔てなく対気をしてくださいました。
西野塾に通った18年間は私の宝で、人生の貴重な一頁となっています。
今も西野流呼吸法をすると全身に気が巡るのを感じることができます。
生きていく力を与えてくださいました。感謝しかありません。
西野先生、ありがとうございました。
元塾生 森 幸一 稽古暦18年


西野皓三先生の御逝去を悼み深く深く哀悼の意を表したく存じます
此の一年 先生との対気が実現することを念じ私なりに稽古をしてまいりました
2月18日の稽古の日 受付の悲報発表を見て私の心は張り裂けるばかりの衝撃を覚えました しかしながら指導員の先生方をはじめ塾生の方々が何時もと同じ活発な稽古をなさっているのをみている内に そうだここで挫けていてはいけない先生の一生を掛けて我々にお教え頂いた此のメソッドを少しでも世のお役に立つ様に修行しなければいけないと思い直し今迄以上に頑張らなればという気持ちになって来ました
修行の23年の間私も限りない想い出(先生の御厚意を頂いた事)が有ります
先生は皆さんの前で私が 釣りバカ日誌に出演した事を御披露下さったり限り無く有りますが 確か入塾して7年目位の時だったと思います 丁度大阪に商用が有り夜大阪道場に稽古に行った帰りはからずも西野先生から北新地一番のお寿司屋さんへ御招待頂き大阪の錚々たる先輩塾生に御紹介頂きました 大感激であり生涯の想い出です
先生は兼がね 優しいとは痩せる程人の事を考えると言うことだ と仰ってましたが塾生一人一人平等にその優しさをあの限りない天才的な優しさを私達に下さりまた稽古を通して教えて下さいました
西野流呼吸法は最高の健康法で有るばかりでなくより良き人生を得るための根本的メソッドと感じます
此の素晴らしいメソッドを此からも指導員そして準指導員の先生から宜しく御指導頂き天から見守って下さる西野先生の 良くやった と言う時に頂いた笑顔を何回も頂ける様に頑張ってゆきたいと思います
櫻井 宏克 (1936年2月28日生まれ 満86歳)櫻井釣漁具株式会社 代表取締役 会長  稽古暦 23年


心より感謝の念をもって哀悼の意を表します。忘年会やお誕生日会での先生のお歌が懐かしい、お声を聴きたいです。CDなどでお分け頂くことができればまことにありがたく存じます。
瀬川 正身


中学生のころに半年ほど連れてこられた時期がありました。
当時は、アニメや漫画の延長という認識でしたが再び通って約10年、
実は時代の最先端だったということに気づかされました。
予想のつかないこの時代の波に乗るため、そして未来を探るために続けていきます。
今後ともよろしくお願いします。
(匿名希望 稽古暦10年)


4月27日
西野先生!西野流呼吸法に出会えたことは私の人生にとって最大の喜びです。
今生きていることだけが真実であることを日々感謝し、笑顔で人生楽しく生きてゆきます。そして永遠に私たちの中に生き続けてください!
ありがとうございました!!!
山内綾子 稽古歴19年(沖縄県 石垣市役所職員)


西野先生(および指導員)から教えられたこと 室崎 和夫

西野塾へ初めて来たのは、2005年2月のことでした。その前年に、私は、それまで約35年間勤めた三井銀行(現在の三井住友銀行)を離れ、第二の職場として、当時、浜松町の世界貿易センタービルの33階に在ったオリックスインベストメントというヘッジファンドなどを取り扱う投資会社(オリックスグループの子会社)に転職しました。

偶々、その職場で私の真ん前に座っていた方が、当時、既に西野歴十数年のベテラン塾生の皆川文男氏だったことは、私の西野流呼吸法との出会いにとって大変幸運なことでした。

皆川さんが机の上で開いていたご本に、私は興味をそそられ、思い切って「何という本をご覧になっているのですか?」と尋ねたところ、その本は、西野皓三著『西野流呼吸法 生命エネルギーの躍動』とのことでした。その本には、皆川さんも数頁寄稿されていると聞き、私は早速、昼休みの時間に、当時、同ビル二階に在った文教堂という大きな書店に行ってみたところ、すぐにこの新刊本を見つけ、即座に購入しました。

元々、「呼吸」の仕方については私自身も大変興味があり、愛犬(白と茶のパピヨン)との散歩中にも、自分なりに呼吸の仕方をいろいろ工夫しながら歩くことが屡々でした。

この本を読んでから、西野流呼吸法への関心が一層深まり、西野先生のご著書を次から次へと購入しては読み漁ることが、まるで日課の一つのようになりました。古書店やネットで購入した本もありました。皆川さんからも、西野流呼吸法が如何に素晴らしいものか、西野塾での稽古が如何に楽しいものか等について何度もお話をお聞きすることが出来ました。

西野先生のご本に書かれていることはことごとく腑に落ちました。次から次へと読み進むにつれて目を開かれて行くように「これぞ私が潜在意識の中で長年求めていたものだ‼」と確信するようになりました。同じ本にマーカーを付けながら何度も繰り返し読みました。

ただ、仕事や家庭の傍ら、毎週西野塾に通うのには反対されるのでは?という思いもあり、なかなか家内には、西野塾に入りたいという気持ちをうまく伝えられず、躊躇していました。ところが、上記の本との出会いから半年以上経ったある日、思いもかけず、家内の方から、「何をグズグズ躊躇しているの?早く行けば?」と、逆に言われてしまいました。
家内に背中を押されるように、優柔不断の私は、漸く西野塾に行く決心がつきました。
恐る恐る、当時は渋谷3丁目に在った六階建てのビルに行きました。当初は、見ることやること、まるで、未知の別世界に迷い込んで来た子羊のようでした。
 
 基本の後の「対気」で、塾生たちの多くが、歓声をあげて走り回っている様は、これ迄、全く見たことのない光景で、正に別世界の出来事のように見えました。「私は絶対走るようにはらないだろう」と、私は、心の中でそう呟いて(確信して)いました。

 初日の稽古終了後、横川先生が、初めて参加した人たち(6名)を集めて、一人一人に、参加したきっかけ等を尋ねました。当時発生した新潟県中越地震の被災地(確か、山古志村)から来られた方は、由美先生が新潟市で西野流呼吸法について講演された後で出席者全員へ向けて気を送って下さり、その「気」を感じてやって来ましたというようなことを仰っていました。そうした応答が一通り済んだ後に、横川先生がおっしゃったお言葉(アドバイス)は、今もなお、私への戒めの言葉として鮮明に心に残っています。

それは、「自分は自分、ひとは人(他人)です。たとえ他人がどんな反応をしていても、気にしないでくださいね。」というお言葉でした。以来、ひと(他人)が、対気でどんなに凄いパフォーマンスをしていても、「自分は自分」と自分に言い聞かせて、そうした凄い人を羨ましく思ったり、真似したりしようとはしないように心がけました。今でもそうです。

西野塾に通い始めて二日目の稽古の後、私は、両掌に不思議な感覚を覚えました。帰路、両掌の指先がすごくピリピリしているのに驚きました。こんなことは初めての経験でした。これは何だろう?と、道すがら、とても不思議に思ったことを、今も鮮明に憶えています。これが気の働きによるものだと分かったのはかなり後になってのことでした。今では、対気をした後の掌を見てみると、指先だけでなく、両掌全体が赤く染まりピリピリしています。

最初の1か月間は、こうしてあっと言う間に過ぎて行きました。確か2か月目頃だったかと思いますが、思い切って週一回から週二回に稽古の回数を増やしてみようと思いました。回数を増やしたところ、それまでの対気では殆ど無反応に近かった私が、全く想定外に動き出したのです。どんな動きだったか今は定かには覚えていませんが、体内からエネルギーが湧き上がって来て、身体がひとりでに動き出してしまったことを、今でも憶えています。

そうこうする内に3か月が経ち、西野先生との対気が許されました。西野先生との初めての対気では期待と不安で内心緊張していました。そんな時、西野先生からお言葉を頂きました。右手での対気の後、初心者に諭し教えるように【ゆったり丹田に気持ちを置いて】と。対気の基本中の基本だとは思いますが、西野先生から直接このお言葉を頂いたことは、私にとって、生涯忘れられない大事な【心の宝物】になりました。

それ以来、対気の列に並んでいて自分の番が近くなった時、緊張を振り払うかのように、「ゆったり丹田に気持ちを置いて」と、数回、ゆっくり心の中で復唱するようになりました。と同時に、対気での私の反応(動き)が、自然と、日に日に大きく烈しくなって行きました。
心が解き放たれ、恰も大空を身体の欲するままにのびのび動いていたような感覚でした。

こうして、(「基本」は、私にとって苦行とも言うべきものでしたが)「対気」の稽古は、私にとってのびのび自分を解放出来る楽しい時間となり、入塾して半年後には、自分でも驚くほどの動き(走ったり、跳び上がったり、壁のマットをよじ登ろうとしたり)になりました。しかも、ただ走るだけでなく、腹の底から大声をあげたりもしました。このように大変激しい動きだったにも拘わらず、不思議と、疲労感が殆ど無く、全くと言ってよい程、息も上がらず、只々「快感」しかありませんでした。激しい動きをした直後の私は、激しい動きなど全くしなかったかのように、とても冷静でいられたのには、自分でも内心驚きました。

ある日、朝起きた時から喉にかなりの痛みを感じ、時が経ってもなかなか治りませんでした。おそらく風邪のひき始めだったのではと思いますが、その夜、私は西野塾のCクラスに参加しました。喉がまだ痛いままだったので、対気の時、「大声を出すときっと更に喉が悪化するだろう」と思い、絶対に大声を出すまい、と心して対気に臨みました。ところが、対気を始めると、つい大きな声が出てしまい、「あっ、しまった!」と、走りながら瞬間的に思いましたが、もう「後の祭り」でした。ところが、不思議なことに、この後、喉の痛みがケロッと消えてしまったのです。そして、そのまま、喉の痛みも消え、風邪も治ってしまいました。きっと、大声は喉からではなく腹の底から出たからではないか、と私は思いました。

稽古を終えて帰りの道すがら、腹部の周りには、とても心地よい快感がありました。この何とも言えない快感と、跳ぶように軽い足どりが、すぐまた道場へ行きたいと思う原動力になっていたような気がします。私は、歩きながら、前回の稽古と比べて、たとえどんなに些細なことでも、何か変化(進化?)が無かったか、その日の稽古を振り返ってみることを習慣にしていました。よくよく探してみると、必ず「何か」変化が見つかりました。そうしたことも、私にとって道場へ通い続ける上での励み(インセンティブ)になっていました。
 
 稽古年数を経るに従って、対気での私の反応(リアクション)は、益々烈しくなるだけでなく、どんどん変化して行きました。対気で私がどんな反応をするのか、やってみなければ分からないという有様でした。只々、身体の欲するままに動いていたというのが実感でした。

 特に、西野先生との対気では、まるで「操り人形」にされたかのように、西野先生の意のままに動かされていたというのが、偽らざる実感でした。身体が勝手に動いてしまうのです。それが、実はそれがまた快感なのです。頭部と胸部が床に、両足のつま先が天井に向かって高く蹴り上がるような動きなど、自分でいくらやろうとしても到底出来ませんが、先生との対気では、まるで魔法にかかったように軽々と出来てしまうのです。しかも、大変心地よく。

それでも、意識は意外にしっかりとしていて、こうした動きの一部始終を、冷静に上から俯瞰して見ているもう一人の自分がいるのです。ですから、対気でどんなに激しい動きになっても、怪我等はしませんでした。したとしても掠り傷程度でした。私は、気のエネルギーで動かされる身体は、気のエネルギーの働き(配慮?)によって、怪我をしないように身体を動かしてくれているのではないだろうか?と、内心、思わずにはいられませんでした。

私は、初期の頃からずーっと、「自分は初心者」だと常に自分に言い聞かせていました。そう思うことで、常に学ぶ姿勢を忘れずにいられたのだと思っています。そして、西野先生との対気では、毎回、対気への入り方を工夫して臨むといった試みを繰り返していました。そうしたある時、私は思い切って、西野先生に向かって変顔を作って、対気に臨みました。見上げると、西野先生も「変顔」で返してくれたのには、私も可笑しく且つ驚きました。

 私は、なるべく多くの指導員とまんべんなく対気をするように心がけていました。指導員の先生方の「気」には、それぞれ個性があるように感じられ、いろいろな個性の気と対気をした方が良いのではと私は漠然と思っていました。嘗て、西野先生も、多くのいろいろな塾生たちと対気で気の交流を行うことが、先生ご自身にとっても、これほど元気で溌剌としていられるというようなことを仰っていたとお聞きしたことがあります。そうしたことも、私の心の片隅にありました。こうして、対気での私の動きはその後も益々変化して行きました。

 その頃、滝沢先生との対気の時、「気は、絶対引いてはいけません」と厳しく注意されました。気は出してこそ、相手の気と交流出来るのだ、ということを改めて悟らされました。この時、相手(指導員の先生)から、気をたくさん貰おうとばかりしていた私は、それではいけないのだということを強く思い知らされました。目から鱗が落ちるような思いでした。

 ある時、好岡先生との対気の際、対気における「手」の役割について思いあぐねていた私は、好岡先生に思い切って質問しました。主に手から気のエネルギーが出るものとばかり思っていた当時の私にとって、全く予想外のご返事が返って来ました。「手(掌)はセンサーですが、(気のエネルギーを)方向付けるという役割もあります」と。「あっ、そうか!」と、これまた、目から鱗でした。

 そうだとしたら、手に力を入れて相手に押し返す必要など毛頭ないのだ、相手と押し合いへし合いする必要も全くないのだ、と気づき、手と腕から無駄な力がスーッと抜けて行くような感じがしました。そう言えば、好岡先生は「対気は押し合いへし合いではありません!」と、常日頃おっしゃっていたな〜と、思い出しました。

では、「気」のエネルギーは、一体何処から出せばいいのだろうか?という素朴な疑問が浮かびました。おそらく、気のエネルギーの大元(発電所)である丹田から出すのだろう、と、当時は、自分なりに解釈していました。

 その後、西野先生のご本を読み返していると、対気において、気のエネルギーは、自分の正中線から相手の正中線へ向けて出すように、との教えが書かれていました。あっ、そうか、と、私は合点しました。だからこそ、対気では、お互いに正面を向き合うようにと指導員の先生方から、対気の時の姿勢をしばしば注意されるのだ、と、改めて気づきました。

 実は、ごく最近、私は、横川先生との対気の時、気は丹田から出せばよいのですよね?と同意を求めるかのようにお聞きしてみました。すると、ご返事はYESではなかったのです。「気は全身から出る(出す)ものです」というのがお答えでした。勿論、丹田からも気は出ますが、身体全体から出すのです、とのことでした。それで、以前、好岡先生からお聞きしていた「手は気の方向付けです」の意味がより深く理解できたように思いました。全身から出てくる気の流れを、手によって相手の正中線へ方向付けて出すのだと私は納得しました。

 気は全身から出る(出す)もの。そう言えば、確か、西野先生は、全身これ「気の塊」のようだ、ということを、何方からかお聞きしたことがありました。では、気はどうやって出すとよいのだろう?という、更なる素朴な疑問が私の心にわき上がりました。

この問いは、ひと(指導員の先生や他の塾生)には聞きにくいし、たとえ聞いたとしても、満足するような答えは得られないだろう、という私の勝手な思い込みもあって、なかなか、ひと(他人)には聞けずにいました。結局、自分自身で試行錯誤をしながら体得(会得)するしかないだろう、と思っていました。私だけでなく、私の熟生仲間の人たちも同じような疑問を持っていた方が少なからず居たように思います。これは、「緩めること」と並んで、簡単なように見えて、実は極めて難しい問題ではないだろうか、と、私は考え、どうしたら良いか、長い間、正解にたどり着けずに悶々と試行錯誤を繰り返していました。

 しかし、今思うに、実はこれは単純なことで、難しく考えるからいけないので、「緩めること」と「気が出ること」とは比例していて、逆に、「力むこと(筋肉の力に頼る)」と「気が出ること」は反比例しているという思いに至りました。力めば力む程、気は出にくくなり、緩めれば緩める程、気は出やすくなる(→気の滞りがなくなる)ということではないか、と。だからこそ、「基本」においても、苦しいのを我慢(→緊張)して吸い続けたり吐き続けたりせずに、「苦しくなる前に息継ぎをして」と基本の指導員がおっしゃっているのだ、と。

 かなり以前のことですが、石井先生との対気の時、常日頃「緩めること」について抱いていた疑問を思い切ってお聞きしてみました。その疑問(質問)とは、「どうしたら、内臓から緩めることが出来ますか?」でした。難問だろうと私は思っていましたが、石井先生は、即座に、「頬を緩めればいいのですよ。それには、微笑むことが一番です」と、いとも簡単におっしゃいました。「あっ、そうか!」と、そのお答えは、即座に私の腑に落ちました。以来、私は、なるべく微笑むように心掛けるようにしています。微笑むと、確かに、自然と、身も心も緩むような感覚(体感)になり、気が出やすくなるように感じます。更に言えば、私が微笑むと、対気の相手の方まで自然と緩んでくれるように、私には感じられました。

 「気」は頭で捉えようとしても出来ず、身体の感覚(体感)で感じるものだということは、稽古を通して実感するようになりました。頭で考えていると、対気での私の動きがぎこちなくなりました。正に、西野先生の言われる「身体知」で捉えるべきものだと実感しました。

 ある時、好岡先生との対気の際、激しい動きをした直後で私の息遣いがやや粗かったことがありました。先生は、すぐにそれを察知し、落ち着いて静かに呼吸をするように私に注意を与えてくれました。このことも、西野先生から頂いた「ゆったり丹田に気持ちを置いて」とのご指導(お言葉)に相通じるところがあると思いました。以来、対気をする時は、出来るだけ呼吸を整えてゆったりと静かに臨むように心掛けるようになりました。このことは、気功等でよく言われる「調身・調息・調心」にも相通じるものがあると思いました。

 西野塾に入る前の50代の私は老化の兆しを感じ始めていました。しかし、西野塾に入ってからの私は、それまでの自分が噓のように、内面から元気になって行きました。そして、身体的にも大きな変化がありました。その一つは、骨密度の飛躍的な上昇でした。毎年の人間ドックにおける骨密度の測定で、西野塾入塾後は年々骨密度が上昇し、入塾六年目には、若年層の平均骨密度の140%超、同年代の平均骨密度の160%超になり、西野先生誕生パーティーで、西野先生がスライドを使って「これは凄い」とコメントして下さいました。

骨密度の上昇は西野塾の塾生には比較的よく見られる現象ですが、それと並行して、私の視力も、西野塾に入って以降、年々、向上したのです。実はかつての職場では30年以上、私はメガネが離せない人でした。偶々、メガネを自宅に置き忘れた時などは、夕刻になると眼精疲労で酷い頭痛に苛まされていたものです。その私が、西野塾に入塾して半年ほど経った時にはメガネが全く不要になっていたのです。これには、私の前に座っていた皆川さんも本当に驚いていました。ピーク時では、左眼が0.1未満→0.6へ上昇、右眼は0.3→1.2にまで上昇しました。それから15年以上経った現在でも、ピークアウトはしたものの、眼鏡なしでの生活が続けられています。西野流呼吸法以外に、視力回復治療など一切やっておらず、西野流呼吸法のお陰としか考えられません。本当に有り難いことと感謝しています。

 そうした良い方向への身体的変化が有ったことも、私が西野塾を、かれこれ17年以上も続けて来られた原動力(励み)になりました。西野先生は講話の中で、「人間が生きる上で一番大切なものは呼吸。その次は食べ物です。」と仰っていましたが、私も本当にその通りだと実感しています。中でも「呼吸」は、生きる上で最も大切な行為であるにも拘わらず、食育は有っても、呼吸については全くと言ってもよいほど学校では教えられていないのはどうしてか、私には不思議に思わざるを得ません。深い呼吸によって細胞が喜ぶ(→生命エネルギーが活性化する)と、心身共に大変良い健康効果が得られることは明らかですのに。

 ごく最近、家内が、深夜に突然、全身の力が抜け、息が相当苦しくなって、救急車を呼ぶ寸前までになりました。市販の酸素缶を口元に当てて深呼吸し、少しは落ち着きましたが、それでもまだ息が苦しそうでしたので、私は、家内の背中側(心臓のあたり)と胸部に両掌を当てて、心を込めて静かに柔らかい気を入れてあげました。すると、次第に苦痛が収まり楽になったのか、家内が、「気を当ててくれたのが一番気持ちよかった」と私に言ってくれました。その言葉を聞いて、私は嬉しく思いました。その時は、西野流呼吸法を習って来て良かったな〜とつくづく思いました。家内は、その晩は、そのままスヤスヤと眠りにつき、翌朝、家内が起きると、息の苦しさは全く無くなり、いつもの体調に回復していました。

 実は、(救急車を呼ぶ寸前になった)似たようなことが、過去にも何度か起こり、その時も家内に気を入れてあげたところ、暫くして苦痛が徐々に収まり、病院へ行かずに済んだことがありました。また、今から10年程前、当時同居していた家内の母親(当時90歳近く)が、心臓が苦しい、と叫んで助けを求めて来たことが二回程ありましたが、その時も、暫く胸に手を当てて心を込めて気を入れてあげていたところ、やがて穏やかな顔になり、スヤスヤと静かな寝息を立てて眠り始め、やがていつもの状態に戻ったということがありました。

 こんな出来事もありました。家内の父親(当時91歳)が腸閉塞で緊急入院し、主治医から、このままではあと数週間の命ですと言われました。腸は壊死状態で、このままで手術をしなければモルヒネでも効かない程の激痛になりますよ、と、手術を強く勧められました。しかし、家内と私は、高齢であることも考え、悩みぬいた末、結局、手術はしないとの結論を出しました。そして、その翌日、家内と一緒に病院へ見舞いに行き、その帰り際に、家内(西野塾歴は2年弱)と私が、偶然、同時に(一斉に)、義父の腹部を目掛けて気を送って病院を後にしました。そして、その翌日、再び家内と一緒に病院へ行くと、看護師さんが、ニコニコして「昨晩、お通じがありましたよ!」と、報告してくれたのです。ということは、腸の壊死状態から脱したということを意味していました。主治医の先生は、看護師さんの後ろの方で、苦笑いをされていたようでした。義父は、その後も、特段、痛みで苦しむこともなく、その約二か月後(家内と私と長男が揃ってお見舞いに行った翌日)、隣室に居た看護師さんにも気づかれずに、病院で静かに息を引き取りました。後でお聞きしたことですが、大腸に癌が見つかっていたとのことです。

 私は、残念ながら西野先生との個人的なお付き合いは全くありませんでしたが、少なくとも、先生との対気の稽古では、とても温かくご指導頂き、言葉では言い表せない程、感謝しています。今から10年程前に、偶々受診した脳ドックで、脳幹のすぐ傍の右椎骨動脈に10oを越える(手術を勧められる)大型の脳動脈瘤が見つかりました。西野先生だけでなく、指導員の先生方にもお気遣い頂き、対気では頭部の患部周辺に気を当てて下さいました。

その甲斐あって、その後、私の希望で経過観察にさせて頂いていた六年間、動脈瘤は全く悪化(=サイズが拡大)することなく、主治医によれば、大きくならないことがベストですとのことでした。しかし、今から4年程前に私は漸く決心して、8時間にも及ぶ開頭手術を受けました。脳動脈瘤が脳幹のすぐ傍に在った為、通常の術式では無理で、右椎骨動脈そのものにクリップを掛けて血流をストップさせるという大変特殊な術式での開頭手術でした。

幸いにも、手術は(主治医によれば)大成功し、脳幹を全く傷つけずに済みました。その後も全く後遺症がなく、「手術前より元気になったね」と言ってくれる方もいました。西野流呼吸法によって免疫力が培われていたこともプラスに働いたものと私は確信しています。

西野先生(のイメージ)は、今も鮮明に私の心の中に生きていらっしゃいますので、私は、少しも寂しくは感じません。西野塾の2019年度のカレンダーには、西野先生が右手を前に伸ばして、こちらに気を送ってくれている大きな写真が載っています。

私は、そのお写真を、写真下の「西野晧三 生涯青春、当年とって92歳記念!」という説明文と、西野先生が朱筆で一気呵成に書かれた【気】という一文字と一緒に切り抜いて、ベッドの前の壁に貼ってあります。朝、目が覚めると、こちらへ向けて気を送り返してくれている西野先生(お写真)が居り、先生と毎日、対気の稽古をさせて頂いております。朝、気が充満している時は、何物にも代えがたい「心地良さ」が体中を駆け巡るのを感じます。

日々ワクワクして、今もこうして元気に過ごしていられるのは、今から17年3か月前に、初めて西野流呼吸法に出会って以来、西野先生を始め指導員の先生方に温かく(しかし、時には厳しく)ご指導頂いたお陰であると、つくづく感謝しています。本当に、感謝、感謝、また感謝の毎日です。先生、本当にありがとうございました‼         (終わり)


4月27日
人生の三分の一の時間、先生にはたくさんのお導きをいただき心より感謝しています。
近くて遠く、そしてとても高い場所を歩まれていた先生の後をこれからもずっと追いかけていきます。
私の細胞の中の西野先生は不滅です。
合掌
(山口悦子 稽古暦22年)


平成元年の初め頃、呼吸法の本はないかと探していたときに出会ったのが「バイオスパーク」でした。高校野球の指導で「スポーツサイキング」を採用して呼吸の重要性に気づいて探していたときです。衝撃でした。早速、家に帰り見よう見まねで呼吸法に取り組みました。しかし、やればやるほど本物にふれたい、経験したいと思いながらおよそ一年がすぎ、心の・・・いや身体の奥底から実際に経験したいとの思いがこみあげてまいりました。そして意を決して平成二年十二月末、渋谷の道場にて稽古に参加させていただきました。初めはドキドキでした。何がなんだかわからないまま二時間がすぎました。そして驚きは次の日の朝でした。何とも言えない満ち足りた気分で目をさましたのです。身体にあふれる何かを感じていたのです。以来、その時の体験から西野龍呼吸法を続けて三十年が過ぎました。ここ二年、職場の関係もあり稽古に参加できていませんが、毎日朝の呼吸法は欠かさず続けています。完全に生活のなかに入り込んでいます。現在は定年を過ぎて八年目、今も教職の場に身を置かせていただいております。二度目の教科書作成「歴史総合」にも関わっています。高校野球の指導からは離れていますが、今も思い出すのは試合前や試合後の選手たちとともに行った華輪です。華輪をすればするほど、若いエネルギーを選手たちから感じられたこと楽しい充実した思い出です。こうした時を過ごすことができたのも、西野先生ご指導の西野流呼吸法があったからこそです。西野先生に心から感謝いたします。ご指導ありがとうございました。いやこれは正確な言葉ではありません。これからもご指導よろしくお願いいたします。
丸 幸生  私立高校非常勤講師  稽古は平成二年十二月から


4月28日
訃報をうかがい、心からお悔やみ申し上げます。
昨年、白内障の手術をして、道場に通うのが難しくなりました。でも、毎日、西野流呼吸法、足芯呼吸を家でしています。
この間、本を整理していたらマイヨールの本が出てきました。西野先生の横で、マイヨールが本にサインをしてくれました。楽しい思い出がたくさんあります。貴重な経験もしました。
天国で、私たちを見守っていてください。
私も退職はしましたが、仕事はたくさんこなしています。
頑張れるのも、西野流呼吸法の、先生の教えのおかげです。
西野皓三先生、本当にありがとうございました。
植野妙実子  中央大学名誉教授・中央大学学員会副会長・中央大学評議員


4月29日
西野先生のことを知ったのは、今から35年ほど前です。当時中学生だった私は書店で「西野流呼吸法」を手に取り、読んでみました。そして見様見真似で実践してはみたものの、「これで本当に何かが変わるのか?気で人が吹っ飛ぶ?潜在能力?」と頭で色々と考えあぐねているうちに忘れていきました。
中学から大学まで、拒食症とそれに伴う栄養失調、極度の人間不信と肉体的精神的に過酷な青春時代を過ごしてきました。その後も「このままではいけない」と思いつつ、人と接する機会が少ない仕事ばかり選んで生きてきました。
40歳を過ぎたある日、ふと中学生の頃に買った「西野流呼吸法」を再び読み、「自分を変えたい」という強い思いが沸き上がってきました。そしてその日のうちに大阪道場に足を運びました。そこで先生方のご指導を受け、初めて西野流呼吸法というものを身体で知りました。1回目で身体が軽くなり、2回、3回と通ううちに食欲が出て体調が良くなっていきました。
大阪道場が閉校となった後、自宅で毎日欠かさずお稽古を続けています。この6年で自分でも驚くほど変化が感じられます。まず姿勢が良くなり、肩こりと冷え性がなくなりました。視力も回復傾向にあります。とくに精神面の変化が大きく、いろんな人と会話することが好きになりました。また、「こうでなければならない」というこだわりを捨てたことで、物事を柔軟に考えられるようになりました。周りからも「顔色が良くなった」、「顔つきが穏やかになった」と言われます。最近、社交ダンスを習い始め、独学でグラフィックデザインを勉強するなど、新しいチャレンジに意欲が沸き、充実した日々を過ごしています。
今思えば、中学生の頃に西野先生のご指導を受けていればよかったと悔やまれます。西野先生にお会いできたこと、そして西野流呼吸法に出会えたことは、私にとって人生の宝です。これからも毎日お稽古を続けます。そして新たな自分を発見していきたいと思います。西野先生、本当にありがとうございます。
大木 恵理子  稽古暦 2016年8月大阪校で入塾→閉校後、東京にて数回ほど稽古


西野先生に御礼のお手紙をさしあげるのは、これが2度目になります。
1度目は25年以上前に長女を出産した際に、大変な安産で看護師さんが驚かれるほど元気な娘だったことに対する感謝の気持ちでした。
出産の10日前までお稽古に通わせていただき、その間 西野先生が、気の交流をして下さいました。悠々と雲が流れるような、天の舞のような、その対気の美しさを私は今も忘れることができません。その美しさを表現できる言葉を持ちません。それは、西野先生がご著書で書かれていた「身体を通して表現できる生命の美」。生命の美しさそのものでした。
「今、生きていることだけが真実」
「身体知は『他人任せの知』でなく、『頼れる自己』を育てる」
緩めることの大切さ、60兆の細胞をイキイキさせることの意味、西野先生に教えていただいた多くのことが、私の中にいきています。
歳を重ねていく中で、お稽古のたびに新たな気づきをいただき、
西野流呼吸法は、身体を通して実践できる人生哲学だと感じております。

西野先生と出会わせていただけた幸せに心から感謝しています。
今も、お稽古場のドアから、西野先生が入っていらっしゃるような気がする時があります。
「西野流には頂上も頂点もない。いつも途中。だから楽しい」
これからも途中を楽しみながら、お稽古を続けていきたいと思います。
これからもよろしくお願いいたします。
西野先生、本当にありがとうございました。
家族共々感謝の気持ちでいっぱいです。
島田尚子 稽古暦30年


27歳の頃、駅前の小さな書店で、気の奥義を手にとりました。一気に読み終えた私は、いつになく積極的に、巻末にある帝塚山の道場へ電話をしていました。
あれから、30年。途中、稽古をお休みする事もままありましたが、心の中にいつも、ひっかかりがありいつのまにか、また稽古を再開する。そんな繰り返しだったような気がします。
ある時、時間とお金の余裕ができて、毎日、帝塚山へ通った頃、あのあたりが最初の私自身の変化のタイミングだったように思えます。
最近、思う事は、この世の中で、どれくらいの人が、西野流呼吸法に出会い、稽古を始め、何かの変化を感じ取り、自分の生活の一部となるまで、続ける事ができるのか。そう思うと、なにか深い縁を感じます。
この天文学的な確率の出会いは、あの小さな書店で手に取った一冊の本から始まりました。
この人生最大の幸運に感謝をして、明日も稽古をいつものように行います。
先生、素晴らしい出会いを、ありがとうございました。
林克起 自営業 稽古歴30年


今年で30年目になります。往復3時間超かけて、通うのも苦にならないで、楽しく通っています。去年、スポーツジムで血管年齢を検査したら35歳と言われました。もう、後期高齢者なのに。、、、
石崎美佐子 稽古暦30年目


西野先生、ありがとうございました。
百万遍、『ありがとうございます』と言いたいです。
平成六年に入塾。三十歳代〜五十歳代を西野先生と共に歩み、様々な困難も難なく乗り越えることが出来ました。
西野流呼吸法との出会いが無ければ、今頃どんな生き方をしているのかと思います。
平成三十年の途中から、お稽古には行っておりませんが、『とにかく毎日呼吸法をやりなさい』という西野先生の教えを守り、毎日呼吸法は続けています。
今は、毎朝約一時間お稽古をしています。
継続することによって、西野先生がお話しされていたことがおぼろげながら、わかるような氣がしています。
最近、古神道やカタカムナを勉強していますが、それによって呼吸法の大切さ、凄さが体感出来るようになってきた感じがします。
メモリアルディ、西野先生へのメッセージを企画してくださった指導員の先生方、西野塾のスタッフの方々に御礼を申し上げます。
こんなにも長期間、呼吸法のお稽古をワクワクと継続出来、今のようなご時世でも不安•恐怖や不満などネガティブな感情が一切湧き上がらず、毎日を感謝の気持ちで過ごすことが出来るのは西野先生と指導者の先生方のおかげです。
ほんとうにありがとうございます!
匿名希望 平成六年に入塾


西野 皓三 先生へ
生前は30数年にわたりご指導賜り誠にありがとうございました。
お陰様で「気」の世界に触れることが出来、仕事上そして健康上において様々な恩恵を賜り感謝の念で一杯です。
残念なのは、自身の至らなさ故、未だ「気」を我がものとすることが出来ないでいる事です。
また、、「気」の世界に誰でもが触れられる機会を設けて下さった西野先生の功績はとても大きいと思います。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。
塾生:下屋敷薫&尊子 稽古暦30数年


西野塾に入門させていただき、早や5年が経ちました。
「足芯から吸い上げる呼吸、緩みを広げる、三元充足、どれもばっちりです!」といつか言えるようになりたいと願いつつお稽古に励む、丹田の意識に頭(?)を悩ませてしまう未熟な塾生です。
こんな私にも西野塾に通い始めたことにより、大変有難い変化がありました。それはひと事で表現すると生き方が「整った」ということです。
まず、急な事情で住まいが変わりました。(心地よさを工夫できるようになりました!)
そして、朝ご飯をしっかり食べるようになりました。(便通と睡眠が改善しました!)
なぜか、お酒を飲まなくなりました。(以前はそこそこ大酒飲みでした!)
だんだんと、困難と感じてもまあやってみようと思えるようになりました。
以前にも増して、たくさんのことに興味や愛情を感じるようになりました。

こう書き出してみると、いずれも当たり前のことのようでお恥ずかしい限りですが、これらの変化でより生きるのが楽しく、快適になったと感じます。それはおそらく西野先生の教えを実践させていただくことで身体が楽になり、心が整ったからなのではと思っております。西野先生がおっしゃられるエネルギー・愛を少しでも感じることができるようになったからではと思っております。

まだまだ勉強の途上です。これからも西野先生から教えていただいた、愛・エネルギーを自ら感じ循環させることができるよう、指導員の先生方からお教え、お導きいただきながら、美しく生きて参ります。

西野先生、指導員の先生方、いつもご指導をありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
佐久間裕子 会社員 稽古暦5年


 西野先生は、本の中で、世の中に、のめり込めるものなどほとんど無い、唯一有るのは恋愛だと。しかし、これも時が経てば薄れます。西野流呼吸法は、稽古すればする程のめり込みます。
私は、再入塾の17年前から毎日2〜3時間の自宅稽古をして、現在、塾は週2回自宅稽古を毎日5〜6時間楽しんでいます。
こんな素晴らしいものをお作りなった、西野先生の思い出は沢山有りますが、一番は、足芯呼吸のクローズの仕方を、なんとかやっていましたが、確証が無く、対気の時、直接お聞きしました。上顎に舌を付けて気道を閉じて吸ってますけどよろしいでしょうかと。 その時、指をさされ、大きな声、それで良いのだ〜と。その時、教えて下さったのが、本にも出ていない事身体が緩んだ状態で、大量に吸って大量に吐く事が、ミトコンドリアを活性させるのだと、感動でした。
陽春の宴、西野先生の楽しそうなお姿、対気の時も一番楽しん居られたのは西野先生でした。
この素晴らしい呼吸法、体調が良くなり、何を食べても美味しく幸せですが、一番は、心が穏やかに成ることです。
日本中、世界中の人が西野流呼吸法やられれば、争い事も起きなく成るのでは。
西野先生、本当に本当に有り難うございました。 先生は、私の総ての細胞の中にしっかり居られます。これからも西野流呼吸法と共に生きて行きます。
西野皓三先生 安らかにおねむり下さい。
向井稔、無職、塾歴17年、2005年5月再入塾で現在のめり込んでいます。


西野先生へ

西野先生にはお伝えしたいことはたくさんありますが、結局この一言に尽きると思います。
「感謝」です。
西野先生、本当にありがとうございました。
西野先生にお会い出来て、一緒に稽古をして頂いて幸せでした。
武田 稜  医師  稽古暦.4年


西野先生有難う御座いました。
仙台で貫和先生の門を叩いたのが22年前、西野先生に教えを乞うてから18年、5年前に末期がんを患い、大学病院の主治医から手の施しようがないので延命処置をしますと言われた時は死を覚悟しました。
貫和先生からも勧められて免疫治療を受けましたら、奇跡的に2か月後に腫瘍マーカーが正常値になりました。頭蓋骨にも転移し頭痛に悩まされ、尾てい骨への転移がんでソファにも座れなかったのですが、すっかり痛みも消え食欲も戻り、全く発症前に戻りました。
免疫治療は強い免疫力が必要とのこと、西野流呼吸法で培った免疫力が免疫治療で遺憾なく発揮しました。
西野流呼吸法が私の命を救って頂きました。貫和先生とご一緒に西野先生に完治のご報告させて頂きました時には、西野先生にとても喜んで頂きました、本当に有難うございました。
現在80歳ですが、西野流呼吸法で元気を養いながら世のために生きたいと思います。安らかにお眠り下さい。
仙台生徒 富田秀夫


西野皓三先生のご逝去を知り、はかりしれないほどの衝撃を受けております。
お稽古場でお元気な姿を再び拝見できる日が来ると信じておりましたのに、残念でなりません。 日ごとに悲しみは深まる一方で、受け入れるまでには、かなり時間がかかりそうです。
 西野先生の安らかなるご冥福を心からお祈り申し上げます。

思い返せば、西野塾に入塾してから、早くも二十年以上が過ぎ去りました。入塾以来、お稽古を通じて身心にどれほどの恩恵を受けてきたか分かりません。これも西野先生が、ご自身で生み出された奇跡のメソッドである西野流呼吸法を、私たち塾生に惜しみなく教えてくださったおかげです。西野先生には、どれほど感謝してもしきれません。
西野先生は対気の時、いつも塾生一人一人と手を合わせてくださいました。また、時には対気の前に皆で座って先生のお話を聞くことができる機会もあり、それもすごく楽しみでした。お話の内容は、いつも強く深く心に響き、お言葉の一つ一つが血となり肉となる感覚を覚えたものです。 西野先生の教えを胸に、今後もお稽古を続けていきたいと思います。

指導員の先生方や事務の方々、西野塾のスタッフの皆様にも、常日頃より感謝しております。どのような時にも、お稽古を続けてくださり、本当にありがとうございました。
引き続き、ご指導のほどよろしくお願い申し上げます
匿名希望  医師  稽古歴:28年程


西野皓三先生のご冥福をお祈りいたします。
母と姉の紹介で16年前西野塾に入会しました。

お稽古に行くとエネルギーが充満してていて、身体全体が温かくなりお稽古終わる頃には、本当に今日来てよかったーっと心の底から楽しいーという気持ちが込み上げてきて疲れや嫌な事が嘘のように吹っ飛んでしまいます。

西野先生との対氣が出来た日は何よりの幸せな時間でした。
そして次々にその幸せな気持ちが連鎖して、仕事やプライベートにhappyな事が起き続けます!
西野流呼吸法を知って、氣というパワーを知ってエネルギーを循環させる事が出来てからは、本当に人生が楽しく生きる喜びを感じております。
そして病気一つしない身体を手に入れたのは西野流呼吸法を続けていたからだと思います。

西野先生今まで本当に有難うございました。
西野先生のような強いエネルギーと優しいエネルギーは本当に憧れです。
ここ西野塾に出会えた事にもとても感謝してます。

私はこれからも西野の先生の大ファンであり、これからも西野塾に一生通い続けます。
西野先生大好きです。
山内希美 美容師 稽古歴16年


西野先生へ
西野先生のもと、30年西野流呼吸法を続けております。
先生の温かくお優しい対気を忘れることはありません。あまり丈夫でない身体も、先生の呼吸法によって95歳まで長生きできたのは、西野先生から頂くパワーの御蔭と感謝しております。心臓はペースメーカーをつけおり、90歳になるとき大腸がんの手術を受けましたが、すぐ退院し、元気にお稽古場に通い、対気で走ることができました。
先生のお話は、いつも感激することばかりで、人は「生きていることだけが真実だ」と教えていただき、今でも生きる真実に向き合い、お稽古し、お言葉を守って生きております。
先生とお別れして、心に穴があいたようなさみしさをどうすることもできません。ですがさみしい心を、指導員の方々が温かくお稽古してくださり、長く通っていらっしゃる塾生の方々も温かく迎えてくださることは、私にしては、先生の教えは皆様の心に残されていると思います。これからも西野塾に通うのを楽しみにしております。
元気で95歳の春を迎えたことを、西野先生に心から感謝をしております。
有難うございました。
西野先生に心から感謝申し上げる塾生 95歳 稽古歴30年


西野先生への心からの感謝を込めて
西野先生 
先生のお名前をお呼びすると、感謝の気持ちで、胸が一杯になります。
長い間、言葉に尽くせぬほどの素晴らしい教えを賜り、私と家族の健康を支えてくださり、本当に有難うございました。
1992年、私は若くして癌の宣告を受け、その癌は転移を始めていると知らされ、大きなショックを受けました。しかし一方で、いや大丈夫、私には通うところがある、私は助かるという確信にも似た気持ちが沸き起こったのを覚えております。
実はその数年前、紀ノ国屋書店本店で、ふと先生の輝くようなお写真の表紙が目に留まり、初めて先生のご本を手に取りました。ご本を開くとその教えに驚き、西野塾に入門しました。半年間通った私でしたが、当時はまだ若く、仕事も多忙で、西野流の素晴らしさを感じてはいたものの、人生に何かあったら必ずまた通おうと思い、しばらくお休みをしておりました。
手術を受け、抗がん剤の治療が始まりましたが、退院した私はすぐに西野塾に再入会しました。お稽古に通い始めた私は、西野先生が、お優しい笑顔で塾生にお話をして下さり、わけへだてなく塾生に直接手を合わせて下さることに感激しました。基本のお稽古は心地よく、対気のお稽古も楽しくなり、見る見るうちに元気になってきました。そしてそのうち病気にかかったことが嘘のように、心身ともに回復することができました。
元気になった身体は、生命力への確かな手ごたえと、お稽古の爽快さを知り、お稽古に熱中する日々が始まりました。大阪のお稽古場にも行き、大阪の皆さんと共にお稽古させていただいた日々も、とても懐かしい思い出です。閑静な住宅街にあった心地よいお稽古場での楽しい時間は、忘れることができません。西野先生がお稽古場にお入りになると、拍手と熱気でお稽古場がはちきれんばかりでした。お稽古場は東京も大阪も、いつも西野先生とお稽古できるワクワクする気持ちと、楽しさと、笑いの溢れる温かい空間でした。
それからの数年間は特に、西野先生から言葉では言い表せない大切な教えを頂いた、人生の宝のような貴重な時間でした。高潔、純粋なお人柄で、いつも誰にでもお優しい先生の笑顔とお姿は、脳裏に焼き付き、今も輝きを失いません。
時が流れ、私の中で自然に、医療の道に進みたいという気持ちが沸き起こりました。大学は文学部(英文科)出身の私でしたが、看護大学に編入学でき、卒業しました。国家試験を通って保健師の資格を取ることができましたのも、お稽古により、異分野に挑戦したり勉強に集中することが、冒険のようにワクワクして楽しい、と感じられたからこそと思っております。保健師に合格したことを感謝と共にお伝えしたとき、先生に大変喜んで頂き、この上なく嬉しく思いました。
もう一つ、大変感謝申し上げたいのは、母の事でございます。私とほぼ同時にお稽古に通い始めた母が、心臓病、癌を患ったにもかかわらず、95歳の今も元気に対気で走り回っておりますのも、西野先生の御蔭様としか申し上げようがございません。
西野先生の思い出は尽きません。そして感謝の言葉は言い尽くせません。
西野先生が私たちにくださった、大きな大きな贈り物、西野流呼吸法のお稽古を一生続けて、これからも楽しく、ワクワクする人生を歩んで参ります。
西野先生 どうぞお見守りください。
先生、本当に有難うございました。

西野先生を心から尊敬する塾生 稽古歴30年 


私が初めて西野塾の門を叩いたのが辿ってみたら30年前。
数回通った後の、初めての西野先生のお話しの中で、首の所に手をあてて「こっから上はついてるだけ」とまさにその時の自分にとって、欲しい境地をズバリ言い当てられた気がし、それからはとにかく指導頂いた通り続けていくうちに夢中になり、頭では理解していなくても、身体が反応し、意識の交流は殆どないのに、「楽しい」。そんな体験をさせて頂いた西野先生、西野塾に感謝しております。

お知らせを伺い驚愕しましたが、同時に西野先生がどこかで語られていた「いつも途中」という言葉が頭をよぎり、今実感しているであろう緩みであるとか、私の人生も「まだまだ途中だよ」と教えを頂いた気も致しました。
これからも西野塾、西野流呼吸法、足芯呼吸がもっともっと広まる事を祈念致します。
ありがとうございました。
(匿名希望) 会社員 稽古(通い)歴:21年


Every person has at least one goal/objective in life. As a CEO of an energy company, I met with many people around the world and visited many interesting places.
In 2015, I came to Japan for a business meeting with an international Japanese company. After my visit to Nagoya, I arrived in Tokyo to join the NBM Centre in Tokyo for a month.
Upon my arrival, I was asked to meet Master Nishino. By entering the room, I knew that I had reached the height of my ambitions in life. I felt and knew that I encountered a very special person who radiated positive energy at extraordinary intensities.
Master Nishino accepted me as an old friend, invited me to join training, and declared to everyone that I was his personal guest. I felt it was a huge and unique honor.
I practiced every day, from the first hours of the morning until the last workout. At the beginning of each training session, Master Nishino made sure to introduce me to everyone and shared with them my long journey from faraway Israel to the center of Tokyo.
My stay in the center and above all with the master, will not be forgotten. It's been 7 years since my visit to Japan and I live amazing moments every day.
In all my lectures, I always say that I was very fortunate that I could meet a special person who has nothing to envy to anyone.
Master Nishino's contribution to my personal life, to the Japanese people and to humanity as a whole, is immense.
Every few generations such a special figure emerges that influences so many people.
Naturally, I will continue to spread the teachings of Master Nishino here in Israel. Thanks to Master Nishino for everything. Thanks for our acquaintance. Thank you for your contribution and impact on my personal life. Thanks for everything you did. Thanks.
Upon receiving the unfortunate news of the master's death, I felt as if my private father had passed away. As if a close family member. My love for him is immense. I already miss him.
In great love and friendship
Your friend Zeev Golan Israel Business development Golan Architects

すべての人は人生で少なくとも1つの目標/目的を持っています。エネルギー会社のCEOとして、世界中の多くの人々と出会い、多くの興味深い場所を訪れました。
2015年、私は国際的な日本企業との商談のために来日しました。名古屋を訪れた後、東京に到着し、東京の西野塾に1ヶ月間参加しました。 西野先生にお会いしました。部屋に入ると、私は人生の頂点に達したことがわかりました。非常に強いポジティブなエネルギーを放射している大変特別な人に出会ったことを感じました。 西野先生は私を古くからの友人のように受け入れ、稽古に参加させてくださり、私が彼の個人的なゲストであると皆に紹介してくださいました。とてもユニークな名誉だと感じました。 朝の最初の数時間から最後のトレーニングまで、毎日練習しました。各稽古の始めに、西野先生は私を皆に紹介し、遠く離れたイスラエルから東京の中心部までの私の長い旅を彼らと共有しました。 私の西野塾でのお稽古、何よりも先生との出会いは忘れられません。日本を訪れてから7年が経ち、毎日素晴らしいひとときを過ごしています。 すべての講義で、私は特別な人に出会えたのはとても幸運だったといつも言っています。 私の個人的な生活、日本人、そして人類全体に対する西野先生の貢献は計り知れません。 数世代ごとに、非常に多くの人々に影響を与えるそのような特別な人物が現れます。
当然、私はここイスラエルで西野先生の教えを広め続けます。マスター西野に感謝します。知人に感謝します。あなたの貢献と私の個人的な生活への影響に感謝します。あなたがしたすべてに感謝します。ありがとう。
先生の不幸な知らせを受けて、私は私的な父が亡くなったように感じました。親しい家族のように。彼への私の愛は計り知れません。私はすでに彼がいなくて寂しいです 大きな愛と友情の中で
Zeev Golan ゴーラン建築 事業開発


西野先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。
 私は、生命力に直接働く気を医療に取り入れたいと思い30年ほど前に西野塾に入塾しました。そして総合病院で西野流呼吸法を実践しながら多くの患者さんが元気になることを直接実感してきました。そして西野先生より札幌は遠いからと西野流呼吸法の基本を学ぶ場として「西野塾札幌同好会」の開設許可をいただいた時の飛び上がるような気持ちは今でも鮮明に覚えております。以来、約25年にわたり札幌で教室を開催し呼吸法から元気をいただいてきました。20年ほど前、脳出血を起こすというアクシデントに見舞われました。先生は、やさしく笑いながら、お稽古の時に頭に気を入れていただいたことが思い出されます。私は、この出血を契機に自分が理想とする統合医療クリニックの開業を決意し現在に至っています。最近ようやく統合医療という西洋医学に限らず幅広い医療を取り入れたオーダーメイド医療が注目されていますが、きっかけを作っていただいた西野先生には心から感謝しております。現在でもクリニックでは週3回、参加者の細胞からの笑い声が響いております。残念ながら西野先生は逝かれましたが、先生が残されたメソッドはしっかりと北の大地に根を下ろしております。私は札幌の地で引き続き、素晴らしい西野流呼吸法の基本を忠実に伝えていこうと思っております。雲の上から温かく見守っていただけると幸いです。
西谷雅史  医師 統合医療クリニック 院長 西野塾札幌同好会代表 30年程前に入塾


私がはじめて西野流のことを知ったのは、もう30年以上前のことです。当時高校生だった私は、本屋で「気の発見」という本を見つけ、なんとなく西野流のことをテレビで見たことがあったので気になって買って読んでみました。内容はとても興味深く、1991年に京都の医大に進学したのを機に、大阪の道場まで通うことにしました。
もう30年以上前の話になるのですが、足芯呼吸では気の感じがわかるようになったときの感動はいまでも覚えています。それからは実習や仕事が忙しいかったり、地方在住ということもあって、途中で10年も休会するなどとても真面目な会員であったとは言い難いのですが、その間も思い出したように基本稽古を1人でやっていた時もあったので、やはり西野流が私に与えた影響は多大であったと思います。
未だに対気ではっきりした気の感じがつかめない未熟者ではありますが、私のような一般人でも気の感覚がわかるようになる西野流呼吸法は、ラジオ体操のように日本全国津々浦々に広める価値があるように感じています。
医療も進歩したとはいえ、まだまだ簡単に治らない病気も多く、生命力をアップして健康に元気になっていくという観点からも、西野流呼吸法が日本に、そして人類にもたらす影響ら計り知れないものがあると思います。
私も少しでもそのお手伝いが出来るよう、今後も稽古に通い研鑽したいと思います。
橋内昇  稽古歴 31年


西野晧三先生
ご冥福をお祈りいたします
西野流呼吸法という素晴らしい健康法を創り出していただき心から感謝いたします。
24年前、私は入院していた病院で、患者を対象として熱心に西野流呼吸法を教えていた西谷雅史先生に出会って、西野流呼吸法を知りました。当時の私は、自分の病気の重大さに、心も身体も病に負けてしまいそうでした。
しかし、そこから私を救ってくれたのが西野流呼吸法でした。西谷先生に連れて行っていただき東京や大阪でのお稽古にも参加させていただきました。初めて西野皓三先生との対気をした日は、夢が叶った興奮と幸せで眠れなかったことが思い出されます。西野塾札幌同好会でお稽古を続けることができたお陰で、西野流呼吸法はその後の私の人生を大きく変えてくれたと思っています。西野流呼吸法をもっと知りたいと思って、合気道に出会い、素晴らしい師匠と出会い、素敵な仲間たちと出会い、身体が元気になり、家族が喜び、生きていくことに幸せを感じられるようになりました。本当に「有難い」世界に出会わせてくださった…と感謝しています。そして、今もなお日々変化している心と身体に、西野流呼吸法の終わりのない奥深さを感じ、身体の底から沸き上がってくる、言葉に表せない喜びを感覚を楽しんでいます。
世界中の多くの人がこの素晴らしい西野流呼吸法に触れ、心も体もエネルギーに溢れたなら、戦いのない、分かち合いの世界への道へとつながる気がしています。西野流呼吸法は運命も世界も変える素晴らしい呼吸法だと実感し、コロナが収束したら、西野皓三先生にお会いしてこの感謝の気持ちをお伝えしたいと願っていましたが…叶わずとても残念です。
しかし、西野流呼吸法の中に西野皓三先生は生き続けていますし、私たちは先生に感謝して、西野塾札幌同好会で西谷先生の指導の元に、これからも西野流呼吸法を続けていきます。
私、西野流呼吸法を続け、100歳まで生きると決めました。
西野先生、どうぞ、その素敵な笑顔で、西野流呼吸法を楽しみ、喜ぶ、私たちを天国から見守ってください。
松岡 節子  24年前から


爆弾のような気が身体を駆け巡り、大声で走り回った、西野先生との対気が昨日のことのようです。
ありがとうございました。
奈良 武夫 東洋整体療術師 稽古暦:15年

15年間ご指導いただき、ありがとうございました。
先生からいただいた温かい気は一生忘れません。
これからも精進していきます。
反町 晶美 パレプラン平安閣代表 稽古暦:15年


西野先生の「身体は勝手に生きている」というお言葉が、日々のさまざまなことに翻弄され迷うぼくの人生において、力強い拠り所となってきました。
「そうだ、頭で考え込んでいても仕方がない。ひとまず細胞たちに新鮮な酸素を巡らせることにしよう」と思い立って足芯呼吸をすると、自分の心がスッキリと整うのが感じられます。ようやく生きた心地がします。
「何者かになりたい」と大望を抱きつつ何者にもなれていない自分の不甲斐なさも幾分和らぎ、なにはともあれ宇宙大生命の一部としてこの自分にもその優しい生命が通っているということを直接体感することで、自分を自然に肯定できるようになります。
西野先生はぼくの永遠のヒーローであり憧れです。西野先生と少しでもご縁のあったことは、ぼくの人生において心から誇ることのできる奇跡のひとつです。いつもありがとうございます。
梶原英貴 会社員 稽古歴20年ほど


5月1日
当たり前の表現ですが、もしも西野先生にお逢いしていなかったなら、今の私はあり得ません!
ちょうど阪神の大震災の時、激震地の神戸に住んでまして、その年からお稽古をスタートしました。
自信を無くしている時や逆境の時も、取るに足らない私を、塾生の皆様に紹介してくださり、身に余る光栄を頂戴いたしました。
西野先生!
誠にありがとうございました。感謝と共に祈りを捧げます。拝
摩寿意 英子 ハープ奏者 稽古歴 27年 


西野先生
ご無沙汰しております。なんとかやっております。
先生の気のエネルギーと交流させて頂きましたことは、私の人生最大の恩恵となっています。
そしてその恩恵は生涯消えることなく、私の細胞をいつも喜ばせて頂いています。
頂いたものは、言葉に言い尽くせないケタ外れのものです。
先生との交流は勝手ながら生涯続けさせて頂きます。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
前原佳明 有限会社パワーハウス代表取締役 / イージーヨガジャパン代表 稽古暦:25年


 西野先生の訃報に接し、心より哀悼の意を示させて頂きます。先生がお元気にご活躍されていた当時、私は数回でしたが先生と対気をさせていただきました。残念ながら、稽古不足の私はびりびり感じる程の刺激は得られませんでしたが、先生が入場される時の大変なオーラはまぶしいほど感じておりました。そしてその威風堂々としたお姿に毎回感銘を受けておりました。
 仙台で東北大学の貫和敏博名誉教授より手ほどきを受けたのが20年以上前ですが、以来健康面でも精神面でも本当に安定した日々を送らせて頂いております。貫和先生は「西野流呼吸法は人間の持っている本来的な能力の再現」とおっしゃいます。私もそれを信じ、先生のお力をお借りしながら自分の中に眠っている能力をこれから見出していきたいと考えております。
 素晴らしい人生の楽しみを与えて下さり、ありがとうございました。西野先生のご冥福を心よりお祈り申し上げます。 
齋藤和晴


<光の世界に戻られた西野先生へ>
これまで、大きな愛と情熱で私達をお導きくださり、本当にありがとうございます。
西野流呼吸法に巡り会えたお陰で、私達の心と体は緩み、人生が明るく開けたものに変わっていきました。
光の世界に帰られて、ますます大きな自由自在のエネルギーとなられた西野先生、これからも私達塾生をを見守り、ご指導くださいませ。
西野先生に、言葉に尽くせない心からの感謝と愛を捧げます。
(匿名希望)  保育補助 稽古歴 27年 


柴崎佳子 稽古歴約30年 夫の有馬芳春 稽古歴約25年 と共に西野塾に通っております。
5年前に脳出血で倒れ体が動かせないことに愕然としましたが、生きる希望を失いませんでした。西野塾があるから、また道場に行けば大丈夫だと。退院後も車椅子生活でしたが 夫の尽力もあり 特例で稽古を再開させて頂き 西野先生に会えたときには天にものぼるような気持ちでした。
先生の気を受けて初めて麻痺の左脚が高く上がったときの感激は忘れられません。その後は先生の姿を見ただけで大声が上がるようになり、嬉しさでいっぱいでした。稽古を続けて体も目にみえて回復しています。
先生のご逝去を知ったときは呆然としましたが改めて この素晴らしい呼吸法を授けて下さった先生に感謝の気持ちがわきあがりました。ずっと稽古を続けていきたい 西野流呼吸法の素晴らしさを伝えゆく一員でありたいと思います。これまでと同じ道場で同じように稽古を続けられるように環境を整えて下さった指導員の先生方や事務局の方々に厚く御礼申し上げます。
柴崎佳子 稽古歴約30年  夫の有馬芳春 稽古歴約25年


5月2日
西野皓三先生に感謝を込めて、お礼申し上げます。
20年前乳癌の手術を受け心も身体もボロボロになった私は、書店で偶然見つけた西野流呼吸法の単行本を読みを奇跡を感じ、道場に問い合わせ入会。その日から人生が好転、娘二人も可愛いがっていただき、今は天国の母も助けて頂きました。
現在は、石垣島から通っております。二年前道場に伺った時西野先生が足のお怪我でお休みされていらっしゃる中、突然お姿を見せて対気をして下さった奇跡本当に感謝感激でした。ありがとうございました。西野流呼吸法で西野先生の笑顔を思い浮かべ胸熱く涙する日々です。
西野皓三先生のご冥福を石垣島からお祈りしております。
本当にありがとうございました。
與世田倫子 稽古歴20年


西野先生
私にとって呼吸法は、命綱です。西野先生に巡り合えたこと、本当に心より感謝申し上げております。これからも、生涯、西野流呼吸法を実践してまいります。
(匿名でお願いいたします) 大学教授 稽古歴:34年目


西野先生 早すぎます。まだまだこれからご指導頂けるものと信じていたのに ポッカリと心に穴が開いた様です。
20年に及ぶ西野先生との対気はもう生活の一部となっていました。これからの道標に先生の薫陶を思い出しながら生きて生きます。
 どうかいつまでも我々塾生をお導き下さい。
 高橋成夫  技術士事務所代表 稽古暦21年


西野先生には多くの学びと友人と健康を頂きました
 ・入塾し一ヶ月で2年間苦しんだ腰痛が治りました
 ・技術系で堅物でしたが世の中はNかS、+かー、1か0の世界観でしたが世の中に灰色の世界が有るのだ!!解らせて貰いました
このお陰で友人が沢山でき仕事も順調に拡大しました
 ・大阪塾は無くなりましたが現在でも塾生仲間と月1回の飲み会を30年続いています
 ・現在右足首の手術で5月半ばまで退院出来ませんが呼吸法のお陰で内臓はいたって元気です
 ・僕の人生に多大な幸福をもたらせて頂いた西野先生に感謝しても感謝しきれません
  後20年は指導して欲しかったです
大阪塾 吉川正泰  電気機器製造業  35年(平成2年1月入塾)


 30年程前に、西野先生に子供を稽古に連れて来たいのですがと、お伺いした時、
「小学校に入ったら連れて来なさい」と、言って頂き子供2人と共に家族で西野塾に
通ったことが思い出されます。
2人の子供も歯科麻酔医、泌尿器科医として、一人前になり頑張っております。
私も現役でまだ診療に励んでおります。これも全て西野先生の御蔭と感謝しております。
本当にありがとうございました。
大草 修 歯科医師 稽古暦 35年


西野先生、長い間、愛にあふれるお稽古をありがとうございました。
先生と同じ時代に生きることができ、先生から直接ご指導いただけたのは本当にこの上ない僥倖で、感謝の念にたえません。
いつもお元気で溌剌とされていた西野先生、まだまだご指導いただけると思っておりましたのに、突然の訃報に接した際にはとても信じられなく大きな喪失感に包まれました。
皆が悲しまないようにとご自身の逝去を伏せられた西野先生。最期まで、残される者たちのことを気遣ってらしたお優しい西野先生を思うと、また新たな涙が出て来ます。。
ただ、先生は皆が楽しくお稽古を続けることを望んでいらしたので、涙は胸にしまい、これからも西野先生を想い、精進して参ります。
私は西野塾のお稽古に行っている時が、いちばん楽しく、ベストな体調になれます。何からも解き放たれて、お腹の底から笑えます。
西野先生のおかげです。
先生、本当にありがとうございました。
これからも私たちを見守っていてください。
土橋 薫 会社員  稽古歴:20年 


ご逝去の報に接し ただただ驚いています。
短い期間ではありましたが 仙台から年に数回
西野先生の真綿に包まれたような暖かいエネルギーをあたえていただき
ありがとうございました。
 ご冥福をお祈り申し上げます。
吉田 洋子 仙台西野流呼吸法グループ


西野先生の一周忌 メモリアルdayのご案内を頂き 言葉にならない淋しい気持でいっぱいです。
長い間、沢山「気」を頂きお世話になりました。
私共、二人揃って 元気にしています。
呼吸法のお陰です。 感謝しています。
有難うございました。 合掌
和氣 三郎 しげ代


西野先生、ありがとうございました。
1994年、ドキドキしながら初めて渋谷の西野塾に行ったのをつい最近のように覚えてします。
始めはこの稽古は何をやっているのだろうと思っていましたが、身体がだんだん反応してきて、2&#12316;3年経つと笑いだすようになりました。
稽古場は皆さんとてもいい顔で楽しくしょうがないという雰囲気でした。西野先生の「生きていることがすべて」「細胞が喜ぶような生き方」「今、何を優先すべきか身体の声を聴く」等々、心に響くお言葉が印象に残っています。
先生ご自身もまさしくそれを体現なさっていて、笑顔が素敵で、いつも粋で上機嫌でした。このような生き方ができればいいなあと羨望しつつ目標です。
現在は仙台にて、貫和先生のご指導のもと、楽しく稽古を続けています。仙台で貫和先生にお会いできたのも西野流呼吸法によるシンクロ二シティかなと思っています。
西野先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。
藤原英幸 仙台西野流呼吸:稽古歴28年


先生には大変お世話になりました。
  数年前まで稽古場で先生のお元気な姿を拝見しておりましたので、先生がお亡くなりになったのは大変残念ですし、まだ信じられません。
  先生は、いつも優しい眼差しと青年のような情熱を持って接してくださいました。
  西野流呼吸法を学べたこと、 先生の氣の業を目撃できたこと、先生と直接手を合わせ対気できたこと、先生から直接氣についてご説明いただいたことなど
  思い出は多く、心から感謝いたします。 
  先生に教えていただいた呼吸法は私の宝であり、今後も学び続けます。
  本当にありがとうございました。
  どうか安らかにおやすみください。
  心からご冥福をお祈りいたします。
杉 哲也  会社員  稽古歴:再入会後8年半(通算では10年ほど)


(西野先生との思い出、想い)
家族で西野流を習わせていただき35年になりました。
妻も西野塾で出会い、子供を2人授かりました。

西野先生のおかげで今があります。
先生が考案された、細胞をイキイキさせる足芯呼吸をすると、どんなピンチも乗り越えることができました。本当に不思議です。

結婚式で西野先生に書いていただいた色紙は今でも我が家の宝物です。
他にも、先生のご著者に書いていただいたサインもたくさんあり、大切に飾ってあります。

また、先生が常々おっしゃっていた
「今生きていることだけが真実であとは素晴らしい幻想」
このお言葉は人生の指針になっています。
西野先生のご恩に報いるためもっともっと細胞を喜ばせて、真実をつかみ、幸せに生きていきます。
本当にありがとうございました。
佐藤和弘  飲食業 経営  稽古歴 35年
西野先生
天命を全うされましたね。出逢えたことに深く感謝申し上げます。
ありがとうございました。
合掌
記名なし


5月3日
西野先生への感謝
西野先生には2008年12月からお世話になりました。
当時、私は日中歴史共同研究という大変難しい事業の日本側座長を務めており、それ以後も、政府の安全保障政策や、戦後70周年記念談話関係の難しい仕事が続きましたが、その度に西野先生は力強く激励してくださいました。
おかげで、私も妻も、心身とも健全に乗り切ってくることができました。
すべて西野先生のおかげだと思っております。
先生のご冥福を心からお祈り申し上げます。
北岡伸一  国際協力機構(JICA)特別顧問 東京大学名誉教授  稽古暦2008年12月より


西野先生へのメッセージ
2008年夏に、私が僭越ながら理事長を務めるNGOに、北村丈子さんがボランティアとしてご参加くださいました。彼女のパワーに驚いて、その源をお尋ねしたことがきっかけで、西野塾に連れてきていただきました。
それ以来、西野先生をはじめ指導員の皆様から大きなエネルギーをいただき、毎年数回、アフリカの僻地へ出かけることができました。
西野先生、本当にありがとうございました。
鈴木りえこ(北岡理恵子)  特定非営利活動法人SDGs・プロミス・ジャパン理事長
日本女子大学評議員 Millennium Promise Alliance 理事 Uniting to Combat NTDs 理事 稽古暦 2008年夏より


かつて2000年前後に現在の渋谷クロスタワーの並びに西野ビルがありそのビルの中で運営されていた西野塾のお稽古で私は初めて西野先生にお会いする機会を得ました。
私は、西野塾のご縁を得る前に当時新宿の住友ビルで開催されていた朝日カルチャーセンターで好岡先生や滝沢先生から“西野流呼吸法”を学んだ延長上で西野塾に入門した経緯もありまして、朝日カルチャーセンターでは実施されていなかった“対気”を西野塾で初めて経験すると同時に西野先生に
初めてお会いする機会を得た次第です。

懐かしい思い出ですが、当時はお稽古の最中に急遽お稽古が中止となり西野先生が講演をされる状況に切り替わる場合がたまにありましたが、私個人としてはそんな状況に出会えると夢中で西野先生の講演に聞き入ったものでした。
講演の中で西野先生が、「西野流呼吸法を通じて人間の体全体の60兆もの全ての細胞を活性化させて全ての細胞を喜ばせることにより健康を維持出来るだけでなく病気からの快復を促進する効果がある」といった主旨の内容を話されていた事を今でも記憶しています。

そして、西野先生がお弟子さん達を育成されて西野流呼吸法が将来も継続されるように準備をされてからこの世を離れた姿勢に改めまして頭が下がる思いです。

おそらく、天国から西野塾のお稽古風景を見守られておられることでしょう。
そして、座った姿勢で前屈して体全体を床にぴったりと密着させる現役のバレリーナのような柔軟さを彷彿させるいつものポーズを天国で今でもされておられるのではないかと想像します。

最後に、現在でも西野流呼吸法にお世話になっていますが、西野流呼吸法のお蔭で多忙な日々の中でもお陰様で健康を維持出来ております事に心から深くお礼申し上げます。
佐藤 文男  佐藤人材・サーチ梶@代表取締役社長 山梨学院大学 客員教授  2000年前後から


西野先生への感謝の言葉
西野流呼吸法の本を何気なく手に取り、数枚読み直ぐ購買、家で1気に読みました、内容が初めて聞く事、初めて見る内容でしたが、難しい内容を分かりやすく書かれ心惹かれました。2〜3日後に西野塾に行き練習、平成2年(1990年)10月2日から今日まで約31年間トリコになりました。

通常の人間が一生かけ目標にする、医学部に入り・バレイに転向し米国に留学しその道を極め指導する・TVの世界でも成功する・合気道を極める・大気拳も極め5分野の世界で1流を極め、たぐい稀なる才能・体力・感性・探求心・情熱・行動力で、最初に抱いた生命の潜在能力の不思議さを探求し、発見した呼吸法は凡人には中々理解できるものではありません。まるで最近DVDで見た空海の能力ようです。

しかし身体は感じることができます、天游・円天・行雲の各呼吸法を行うごとに不思議と汗が出、手足が真っ赤になりピリピリ感じ、西野先生と対気をすると、一瞬のうちに身体が飛び跳ね、前後にある熱いマットに跳ね返り、全力で走り回る、もしマットがなければ、1回ごとにに一生立ち上がれないダメージになるはずが、何処もケガをしませんそして帰るときは、元気に階段を駆け上がりながら帰ります。どんなスポーツをやっても帰るときにスッキリ感はありますが、元気になるスポーツは聞いた事有りません、不思議です。
真理はシンプルなのかもしれません。

自分的には、学生時代に鎌倉の円覚寺に2回学生禅に参加、武道を少しカジッタた事と
不思議な経験を5度程経験したことから、まさしくとても楽しく、興味深く自分合っていました、

1. 指をカッターで切ったことが有りました、朝になつたら何処を切ったが判らないほどピッタリ傷口が治っておりました、先生もお話になっておりました、自己治癒能力の向上に違いありません 
2. 呼吸法練習前のギィックリ腰は治るまで6か月もかかりましたが、呼吸法の練習後の2回目は自分で腰に気を送り3日後には治り、1ケ月後にはゴルフをすることができました、
3) サラリーマン時代に今のSDGsに関連したの簡便な工案を特許庁に申請した所、許可になった時の特許庁の若杉和夫長官が西野塾に入塾され大分後には成りますがすが、お話する機会が3〜4度有りました、中々経験出来ない事ではありました。
4) 仕事の関係でバリ島でのホテル65室の改修その他の突貫改修工事、1日の職人が650人にもなる工事を日本から1人で行き完成してきました、唯一その時呼吸法は休みでした。
5) バリ島から帰り、始めて起業し1級建築事務所。施工会社を作りました、会社でも作らないと西野先生に1人前に認められないのでは心に思っていました、バリ島での現地人の逞しさを見ても刺激もされました。
6) 10分の1の確率の東京マラソンに当たり、スタートまで残り4ヶ月半で40年間走ったことがなく、初めは2KMも走る事が出来ませんでしたが、4ヶ月の間に620KM走りました、それでも身体が何処も痛くなく、呼吸法を続けたお陰と思っております、西野先生にマラソン出る2・3日前に、フルマラソンにでに出るのでお願いして気を送って頂きました、先生にマラソンの結果を聞かれましたので、お陰様で完走出来たことをお伝えしお礼申し上げました、現在でも1ケ月に、50キロ走ることができ有難い事だと感謝しております。
7) 人込みの中で何回か他人にぶつかるこが有っても、必ず相手が後方に飛びすみませんと誤ります、約8〜9月前、新宿で普通に道を歩いていたところ、わき道から突然飛び出した外人が思い切り自分の左側にぶつかり、自分は何ともないのに190cmもあるその外人が後方に3mひつくり返りごめんなさいと謝っ
ていました、自分は何ともないので普通に歩いて行きましたが、今のは何だと不思議な感覚に思ったのと、西野流呼吸法は凄いなと言う思いがその場で湧き上がって来ました、、気満ちれば辱めを受けず をはるかに超えていました。
8) 西野先生の誕生会に呼ばれるようになり、誕生会で先生にお送りましたバースデイカードを読んで頂いた時も大変感激しました、もっと謙虚に真剣練習しなければと思いました。

先生が初めて言い出した、足芯から呼吸、エネルギィーを吸い上げる・身体を緩める・楽しんで行う・細胞で呼吸・ミトコンドリヤ・人類に進化の過程で肺呼吸が始まり、その後に言葉が生まれ、まさしく初めに呼吸ありき、等の沢山の言葉、その後に多くの人が話すようになりました。

西野流呼吸法の神髄の理解がさらに進めば、日本の子供から年寄りまでの健康・潜在力能力がさらに開花するのではと思っております。自分は先生の本を何度も読みなおし、西野呼吸法をさらに続けて行くと思います。

西野先生本当にありがとうございました、心より感謝申し上げます。
匿名希望  設計事務所 代表取締役  稽古暦 平成2年10月2日より

 
西野先生の訃報を驚きと戸惑いをもって伺いました。
西野先生は常に私の道標でした。何か悩むことや問題に直面した時には、いつも先生の教えを思い出し、また、呼吸法を実践することで乗り切って参りました。先生ほどエネルギーに溢れた方は他に思い当たりません。同じ時代に生き、先生と出会えたことは本当に幸せだったと思います。
心よりご冥福をお祈りいたします。
友崎敦  WUSHUムサシノ太極拳塾主催  稽古歴は六本木通りからで、稽古に通ったり間が空いたりを繰り返しておりました。


西野先生
先生と最後にお会いしてからだいぶ月日も経っていますが、細胞の一つ一つに先生の気が残っていて、いつも一緒にいてくださるような気がしています。これからもお稽古を続けていきますので、いつかまた「お、やってるな&#12316;」とお顔を出して下さいね。大好きです。
永田真依子


これからも西野流呼吸法で培った知的身体をさらに極め、諸々の領域で世界をリードする開拓者でありたいと思っています。
岡田秀二


敬愛する西野先生のおかげで健康になり元気に暮らしております。
先生、安らかにお休み下さいませ。
田中尚子( 眼科医、稽古歴28年)


西野先生、本当にありがとうございました。
初めて先生にお会いしたのは平成元年1月、僕が20歳のときのことでした。
昭和天皇が亡くなった直後の稽古だったため、先生の「天皇陛下に黙祷!」という号令から始まったのが印象的でした。
武道的な強さに憧れ、対気の凄まじさに魅せられて始めた呼吸法でしたが、稽古を重ねるうちに西野流の可能性の広さに気づきました。
その後の人生で呼吸法はいつも僕を支えてくれました。
ここ数年、塾に通えていませんが、足芯呼吸法、四元充足、多元充足、無元充足、三元充足、華輪の流れが好きで今でも家で練習しています。
塾で出会った妻とも時折、対気を楽しんでいます。時間が出来たら塾にもまた通いたいです。
先生、大変お世話になりました。心よりご冥福をお祈り致します。
工藤茂樹 平成元年〜


天国でにこやかに微笑む西野先生へ
あの超人的だった西野先生の稽古場での姿を拝見しなくなって寂しく思っておりました。
今度対気した時に先生に成長した姿を見せようと稽古に励んでおりました。それまで先生の気を稽古場でも薄っすらと感じていたのですが、ある時から感じなくなり不思議に思っていたところ先日の訃報に驚くとともに妙に納得した記憶があります。
思い返せば先生と稽古場で過ごせた20年以上の歳月は本当に夢の様でした。
一塾生であった私に気を掛けて下さり、先生と一緒に側転した記憶が今でも鮮明に蘇ります。
対気では何時もセンセーショナルな緊迫感があり、他の塾生も交えて稽古場の一体感があり、余りにも非日常的な空気の中でワクワクと躍動していた自分を細胞一つ一つが覚えているようです。
不思議すぎて夢のようにも感じ、120歳まで生きるという素晴らしいメッセージに励まされ、この様な幸せな時間が何時までも続くと勝手に思っておりました。
楽しい月日は何時かは終わるもの、それこそこの世に生まれた我らの宿命ですね。まるでその後は自分で考えなさいと突き放された気分です。
それにしても偉大な創設者の西野先生と道場で時間空間をご一緒出来たことは本当に幾ら感謝してもしつくせない自分がいます。
後の人生は塾生1人1人が自分の力でデザインしていく、先生から頂いた命の息吹を元にして自分の人生の華を咲かせていく。その裾野の広い発展的成長を大きな視野で先生は望んでおられたとも感じております。
西野先生から頂いた魂のエッセンスを稽古を通じてもっと昇華させて、より良い人生を生きて生きて生き切る。
それと共に先生の残された西野塾を微力ながら盛り上げていけたらと思っております。
西野先生、今まで見せて頂いた素晴らしい生きざま、教えて頂いた細胞からの叡智、大切にして生きて参ります。素晴らしい感動と体験をありがとうございました。一生忘れません。
加藤 隆  会社員 稽古暦  24年


西野先生、ありがとうございました!
大阪の帝塚山に道場があった頃からお世話になり、寺田町に移転後、大阪道場がなくなるまで20年以上稽古に通わせていただきました。
西野流呼吸法との出会いのきっかけは、24時間テレビです。番組のコーナーで西野先生が対気の実演をされていて、数珠つなぎに並んだ指導員の方々が先生の気によって、あっけなく飛ばされたり宙を舞ったりと目を疑うような光景が飛び込んできました。半信半疑な気持ちでしたが、” 気 ”というものに関心を持ち色々調べていくと大阪に道場があることを知り、思い切って門を叩きました。
入門当初は、気というものに抵抗がありましたが、足芯呼吸や対気を繰り返し行なっていくうちに自分の身体への変化も感じられるようになりました。
特に、半年後に初めて西野先生の対気を受けた時です。
私が緊張しながらも先生の前に立ち、対気の手を差し出そうとすると、西野先生が私のお腹あたりに手をそっとかざされ、とその瞬間、私はうわぁーと声を上げながら気付けば後ろに飛ばされていました。この時に気という自己に内在するエネルギーを体感できました。呼吸法を習う前は、病気やケガが長引くことが多かったのですが、先生の対気を受けたこの時より、身体の芯から温かくなり、病気やケガに対する自己免疫能力も強くなったと思います。
西野先生が月にいちど大阪道場に来られる時の対気はとてもワクワクする気分でした。西野先生の周りを塾生が取り囲んだり、数珠つなぎに並んだ対気で一瞬にして飛ばされたりと、今となっては楽しい想い出です。
そして、対気の始まる前のお話しも大変心に響くものでいつも勇気と自信を頂戴しました。
また、呼吸法によって身体の変化だけではなく、物の考え方や捉え方がポジティブになり前向きな思考の変化も生まれてきました。
20年以上と長い年月で古参の生徒になりますが、今まで3日坊主だった私がここまで続くとは正直思ってもいませんでした。呼吸法によって細胞レベルで変化し、気の巡りの良い身体になった証だと考えています。
西野先生、西野流呼吸法に出会えて、本当に良かったと思い幸せです。西野先生は私の人生の恩師であり、西野流呼吸法は私の人生の指針となるものです。
たくさんの素晴らしい影響を与えて頂き、今の私がここにいます。西野先生、指導員の皆様に心より深謝致します。
数ヶ月前に、ふとした夢を何度か見ました。
西野塾の道場で対気の列に並び、西野先生はじめ指導員の先生方が対気指導をされていて、いざ私の順番がまわってきて対気で飛ばされるとそこで目が覚めてしまいます。
今思えば、あの夢が西野先生との最後のお別れとなり、塾生一人ひとりに先生自らお別れの挨拶に来てくださったのだなぁと実感しております。

西野先生は、どんな人も分け隔てなく、寛大で優しく包み込むようなオーラを放たれている方です。そんな先生のようなお人柄になれるよう精進していきたいと思います。
西野皓三先生、素敵な想い出とたくさんの感動を与えてくださり、ありがとうございました。
ご冥福をお祈り申し上げます。
壺内建行 歯科医 稽古歴 21年


先生のチャーミングな笑顔が尊くて大好きでした。
いつかお会いできる日にはルロワのいいやつを持っていきますね。
匿名希望


西野流のお稽古に出会いは、32年前です。きっかけは、テレビで西野流のお稽古を見て、人が飛ぶ驚きと楽しそうな雰囲気で通いたいと思いました。出産前一年ほどと子供が幼稚園児の頃子供と一緒に、ニ年くらい通わせていただきました。32年前、通い始めたの頃は、子供ができず、6年ほど不妊治療をしておりました。人工授精もおこなっており、治療の目処となる10回目で妊娠することができました。西野流に通い始めて、7ヶ月でした。10回で妊娠できないと、次は体外受精という事と不妊治療は先の見えないトンネルに入ったような所があり、体力的というより、精神的にとても辛いものがありました。
子供ができたのは、西野流のおかげと、心から感謝しております。暗闇の中から救って頂いた気持ちでした。西野先生に感謝のお手紙を出しました。
先生にも読んで頂き、とても喜んでいらっしゃいましたよ。と伝え聞きました。妊娠中も通わせて頂き、指導員の皆様には、大変に気を使って頂きました。ありがとうございました。
また、30年ぶりに通わせて頂き、西野先生と対気させて頂けた事は、本当にラッキーで幸せな思い出になりました。また、娘の入学した小学校で私が西野流に出会う番組は、私の兄が作りました。という方とお友達になれました。本当に不思議な縁を感じています。西野先生には、感謝してもしきれないという思いです。
もっと、ずーっとお会いしたかった。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
              合掌
&#127808;阿部 道子&#127808;


5月4日
西野流呼吸法と出会って鼻呼吸を身に着けたところ、耳鳴りは、たちどころに解消、風邪はひかなくなりました。
 他人に負けたくない頑固な性格。そんな自分の性格に嫌気がさし、直したいと願ってはみても、頑固さ故に「分かっちゃいるけど直せない」、息苦しい状態で過ごしていました。
 しかし、呼吸法の稽古を続けるうちに、頑固さは短所ではなく、生まれ持った長所(個性)だと、気づきました。その後は、何事につけ、楽しい人生を送ってきました。
 大阪校が休校(閉校ではないと伺っています)となったのは、かえすがえす寂しいですが、再開を願いつつ、これからも西野流呼吸法と向き合って生きていきます。
 西野先生のご冥福をお祈りします。
(匿名希望)稽古歴約30年。


西野先生のご逝去にあたり
つつしんで御冥福をお祈りいたします。

今呼吸して生きていることが全てで、あとは幻。西野先生がよくおっしゃっていた言葉です。
神道ではこのことを中今と言いますが、これを実感するために様々な禊祓の行法を行なっています。
最近の宇宙物理などでは、時間は存在しない、光を越える速度になると時間が止まり場合によっては次元を越えるのではないかなどと言われております。私は中今の状態になると気が光のスピードを超える存在となり、時空をも超越するため西野流呼吸法を実践すると奇跡的なことが起きるのではないかと考えております。西野流実践者で病気が治っている人を見るとゆっくり段階的に治る人もいますが、忽然と癌が消えたという人が多いのも特徴的です。これなども呼吸法を実践することで、気が時空を超えて細胞そのものを変え、運命までも変えてしまったとしか思えません。

西野先生はいつもニコニコしながら対気をされていました。まさに中今そのもので、常に当たり前のように奇跡が起こる状態にあったのではないでしょうか。

西野先生は時代を先取りされていました。

最近になって、西野先生が母校の大阪市立大学で凱旋講演をされていたときの記事を西野塾のホームページに掲載されていて思い出したように読み返しました。細胞間コミュニケーションに関する話を中心に講演をされていました。講演のずっと以前から西野先生が著書で書かれたりお話をされていたことで、今では当たり前のことですが、一昔前まではこんな発言をすれば、研究の分野では窓際に追いやられ、医局から追放も覚悟しなければならない。それを西野先生はされていました。

そんな西野先生の大阪市立大学での凱旋講演を暖かく受け入れ司会進行をされたのが大阪市立大学医学部の井上正康先生でした。井上先生は、最近はコロナに関する独自の見解を一般の方にもわかるように丁寧に述べられ、ご存知の方も多いと思います。私も時々参考にしますが、免疫力や血管に関する見解を述べられているのを見ると西野流に通じるところがあります。

この井上先生が西野先生の凱旋講演の翌日にお礼のメールを送ってくださっています。

医学部の平凡な教授連中ではとてもこんな感動は届けられないと述べ、西野先生の講演を絶賛されております。西野先生がお元気であれば、西野流呼吸法とコロナについて、どのような研究や考察をされるか興味深いところだったのですが、残念でなりません。
最後になりますが、西野先生、ありがとうございました。大変恐縮ではありますが、困難なこの時代にあちらの世界からも強力な気で時空を超えて我々にご加勢ください。
藤原 誠 公務員 稽古歴14年


西野流呼吸法と出会って鼻呼吸を身に着けたところ、耳鳴りは、たちどころに解消、風邪はひかなくなりました。
 他人に負けたくない頑固な性格。そんな自分の性格に嫌気がさし、直したいと願ってはみても、頑固さ故に「分かっちゃいるけど直せない」、息苦しい状態で過ごしていました。
 しかし、呼吸法の稽古を続けるうちに、頑固さは短所ではなく、生まれ持った長所(個性)だと、気づきました。その後は、何事につけ、楽しい人生を送ってきました。
 大阪校が休校(閉校ではないと伺っています)となったのは、かえすがえす寂しいですが、再開を願いつつ、これからも西野流呼吸法と向き合って生きていきます。
 西野先生のご冥福をお祈りします。
(匿名希望)稽古歴約30年。


 西野皓三先生一周忌のお知らせに接し、誠に残念な思いです。
 今から15年前私が70歳の時、西野皓三先生が日本呼吸器学会学術大会で行われた基調講演に感銘を受け、学術大会長を務められた貫和敏博東北大学教授(当時)に紹介をお願いし、西野先生にお会いして入門を許されました。
 以来、家内と千葉から道場に通って西野先生を始め講師の先生方の丁寧な御指導を頂戴しましたこと深く感謝申し上げております。また、千葉西ロータリークラブまでお越し頂きクラブ会員に御講演をお願いした事もありました。 感受性の強い家内は直ぐに気を感じるようになり、西野先生の氣を受けて走り出しておりましたが、私は中々その域に至りませんでした。事情により3年ほどで退塾しましたが、その後も今日に至るまで毎朝、「天遊」と「華輪」を交えたエクササイズを続けて来ました。
 興味を持って年2回、骨密度測定法のゴールデンスタンダードとされているDEXA法で測定を続けてきた骨密度は、70代にも拘わらず加齢と共に上昇を続け80代になった現在も若年者値を維持しております。
 大恩恵を与えて下さった西野皓三先生の御冥福を衷心よりお祈り申し上げますと共に、西野塾の先生方と塾生の皆様方の御健勝と御発展を祈念致しております。
元塾生 瀧澤弘驕@84歳 医師


1989年32歳の時、西野塾に入門。当時、先生は63歳だったのだ。実に若々しかった。胸郭が見事に発達した「呼吸力」の体をされていた。美味しいモノも沢山ご馳走になった。フグを初めて食べさせてもらったり銀河高原ビールや「大間の本マグロ」も…
西野流呼吸法を創り上げ裕気塾開設のきっかけも作っていただいた。
ここ何年かは父が長野に越して来て正月を一緒に迎えたいからと折角、年末の年越し稽古のお誘いをいただきながら欠席続きであり、誕生会だけでお目に掛っていた。
沢山の影響を受け現在も先生を目標に修行を続けている。
まだまだ遥か彼方の存在であったが今後の成長を!と天国の先生に誓った。
どうぞ、見ていて下さい。
永い間、ありがとうございました。西野皓三先生安らかに…
原田裕次 健康教室/Kids武道教室 裕氣塾 1989年〜


先生から教わった「西野流呼吸法」そして「気の奥義」等々 30年間つづけることができ 今も元気に過ごすことができています。 おかげさまでございます。
先生はすでに「尊い人」に生まれ変わっていらっしゃるような気がしています。
そこにいらっしゃるような・・・
私たちが忘れない限り 先生の魂は不滅です。
ありがとうございました! 感謝!!
呉 富美  富美宝飾 代表者 神戸貴金属工芸組合 組合長 学校法人 神戸学院 顧問理事  稽古暦30年


20年以上の長い間、ご指導いただきありがとうございました。
西野塾に行くたび対気で吹っ飛ばされ元気をもらいました。楽しみながら呼吸法を実践し、フィジカルなエネルギーを誰でも体験できる場として西野塾を創ってくださった事は感謝に耐えません。
また「他人は変えられなくても自分はいくらでも変われる」「人生は3Cです(chance・choice・challenge)」など、稽古中にお話しいただいた事もかけがえないひとときとなっています。西野先生にもらったエネルギーは消えるものでは無く、今後も呼吸法や対気で爽快な気持ちになって人生を楽しむ事で少しでも恩返ししたいと思います。
西野先生、本当にありがとうございました。
稽古歴20数年 塾生


西野皓三先生
西野流呼吸法というメソッド、お稽古の在り方など、大きな大きな励みとしてこれまで生きてきました。西野先生と出会わなければどんな日々を送っていたかと思うと感謝でいっぱいです。
私は、平成8年に入塾し3年経過後、10年休んで再入会しました。休み中は心身共にこれではいけないという状況でしたが、お稽古を再開するとどんどん元気になりここまでまいりました。他の場ではあり得ない出来事を毎回体験し、身体が緩み、心が楽になったおかげです。特に再入会した時は、西野先生はじめ指導員の先生方や、見覚えのある塾生が以前と変わらずむしろ若々しくなっているのに驚きました。また、半年過ぎた頃、身体中の皮が日焼け後のようにむけたこともありました。痒み等は何もなく不思議でした。
西野先生のお話を聞き、対氣を体験したいという思いは尽きず、胸がいっぱいになります。これからも、お稽古を楽しく続け、先生の思いに少しでも近づけるようにしたいと思っています。
先生!これからも私たちをいつも見守り、氣を送ってくださっていると信じています。
渡部高子  言語聴覚士、小学校教員  稽古暦19年入塾からは29年


西野先生へ
西野先生のパワーとチャーミングな笑顔は、今でも、そしていつまでも私の人生を輝かせてくださっています。
なので、過去形ではなく現在形で感謝をお伝えしますね。
西野先生、いつもありがとうございます!
萩原利恵子 サンディーズ・フラ・スタジオ インストラクター 稽古歴(1995年頃&#12316;2020年3月、おそらくトータルで5-6年くらいかと思います)

西野先生
西野先生と対気できたこと、少しでも西野先生と同じ時間・空間を共有できたこと、西野先生に出会えたこと。全てが一生の宝物です。
本当にお世話になりました。そして、今までありがとうございました。
萩原 辰(ちえ) 慶應義塾大学文学部在学 稽古歴(2008年頃&#12316;2020年3月、おそらくトータルで3-4年くらいかと思います)


初めて西野流のお稽古に伺ったのは平成2年頃だったと思います。何故か息苦しさを感じていた時期で、M Sさんに「気マガジン」に出ていた「西野流呼吸法」を見せられて、「呼吸」を見直したい、と思って入門しました。入ってびっくり、呼吸自体よりも、呼吸を使った「気」の稽古でした! 渋谷の稽古場はすごい熱気で、若い男性も多く、エレベーターはぎゅうぎゅう詰めで、匂いがたちこめ・・・。
そして、私はなんだかわからないうちに、はまっていました!
西野先生は最盛期!! 最初の呼吸法の稽古も先生がされていて、初心者の私はわからないことも多かったのですが、今もその時の映像が脳裏に浮かびます。
10余年の休みを経て、お稽古を再開した時には西野先生がお元気でうれしかったです。あの時再開できて幸いでした。
今、お稽古には行けていませんが、毎日、華輪といくつかの呼吸法を実践しています。そしてその度に西野先生のことを思い出しています。じわじわと寂しさを感じる時もありますが、呼吸法の実践において毎回何か発見があり、西野先生の作り出されたものの巧妙さ、面白さを感じています。
少しは気の世界を知ることができたことは、全く知らないのとは大きな違いがあり、その道を広く私たちに開いてくださった西野先生に心から感謝しております。
N W (バイオリニスト・稽古歴: 約30年前にM Sさんに紹介されて初稽古、10余年の休みをはさんで再開したが、ここ2年はお休みしています。)


西野流呼吸法塾生として長期間稽古を受けて、ある程度体得できた様に思う。そして、60兆の細胞に、気を充満させられる実感が、持てる様になって、睡眠の質が、向上、より健康になった様に思います。
先生との対気を楽しみに、通わせて頂きた有難うございました。稽古場が、移動してからは、色々生活環境が変わり、残念ながら、通えず、自分自身でやってます。ありがとうございました。
心からご冥福を、お祈りします。&#128583;&#128591;&#128591;&#128591;&#127801;&#127801;&#127801;
星野春治  


胃がんの手術の後、「もう切ってしまったのか!」と言いながら、対気でたくさんの気を送ってもらい、それまで反応の少なかった対気がすっかり派手になり、呼吸法の楽しさが分かるようになってきました。おかげで15年たった今でも元気に過ごせています。御恩は一生忘れません。ありがとうございました!
柳瀬 修 (協和機械器具株式会社会長) 稽古暦25年

              
うちの家族は西野塾に通ったおかげで、みんな健康になったと思います。
今は、脳出血の後遺症から左半身不随になり、自分の手足が動かないので、ベッドの中で、日々、西野先生の教えを思い出しながら邁進しています。
対気をやっているときの体の軽さは何だったのでしょう?いくら疲れがたまっていても帰りには本当に軽くなって、主人も行きは車の運転で疲れていても、帰りはハンドルが軽くて、あちこちとドライブに行ったことは今でも良い思い出です。石のような体でも、もう一回飛ばされてみたいと願っておりました。
柳瀬 千鶴子 稽古暦25年


初めてビデオを見た時には、叫びながら後ろ走りする姿に「やらせでは?」と思いながらも、見終わったあとは、不思議とわくわくした気持ちになったことを覚えております。
助産師として、夜中に急に呼ばれても、不機嫌になったりせず、緊張した産婦さんやご家族の気持ちをほぐしながら、笑顔でお手伝いができたり、手の感覚が繊細になって産婦さんや胎児の様子を感じられたりして、仕事が一層充実したのは、呼吸法の賜物です。疲れていても、お稽古をすれば爽やかに、軽やかになるので、大変な時ほどたくさん足を運んでいたように思います。
今は母の介護を中心とした生活をしており、コロナの流行も重なって、気軽に遠出もできなくなりましたが、疲れた時には華輪を振って、寝不足の時には経路をたどることを実践しております。
誰もが気を体感できる素晴しい呼吸法のメソッドは後世の宝だと思います。お稽古のゆったりとした雰囲気を思いだしながら、今後もマイペースで続けていきたいと思います。
愛にあふれたエネルギーを惜しみなく送っていただき、本当にありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
柳瀬 千恵子 稽古暦24年


5月5日
西野先生
 先生は、私の青春そのものです。大好きです。
          時本和則(1987年入塾 当時27歳)


母が入院生活を送っているとき、ずっと対気のお稽古を通して頂いたエネルギーを病床の母に届けていました。長時間の手術を繰り返し受け、二か月以上集中治療室で過ごしたほど重篤な状態でしたが、徐々に自力での呼吸が回復し、沢山の点滴や医療機器が少しずつ外れていきました。一般病棟に移ったときには医師や看護師の方々のみならず、守衛さんまで喜んで下さいました。
その後もお稽古場と病院を行き来する日が続きましたが、(事情を知って下さっている)指導員の先生方の温かい励ましのお言葉や貴重なアドバイスを頂き、かけがえのない心の支えとして日々過ごすことができました。西野先生の対気でのご様子をずっと見て学び、丹田、百会、足芯に手を当てることに加えて、肩甲骨、こめかみ、耳たぶの辺りも指で押しました。寝たきりではあったものの、調子の良いときには瞬きをしたり、手を握ったりして意思表示をしているようでした。車いすに乗り、愛犬を連れての見舞いもできるようにまで回復しました。
最期の日も、わずかな時間を作って西野先生と対気を行うことができ、そのエネルギーを母に届けました。二時間ほど経った後に旅立ちましたが、このうえない贈り物を渡すことができました。八年近くこの生活が続きましたが、呼吸法のお稽古のお陰で何とか乗り切ることができました。大変なときもありましたが、お稽古場での西野先生の屈託のない明るい笑顔や、子供のように笑い転げたり走り回る塾生の方々を見ると、「何とかなるだろう。」と、明るく前向きになることができました。楽しく、そして、素晴らしい日々をありがとうございました。
神前佳毅


西野先生
先生にいただいたエネルギーでヨーロッパ・アメリカ・中国の65都市を巡り8か国語落語口演を達成できました。西野流のパワーで家族一同生き生きと健康に暮らしております。
心よりご冥福をお祈りいたします。
三遊亭竜楽


西野先生
福岡の快晴の空の下から、西野先生を偲んでおります。
稽古場でのご指導、ありがとうございました。
あちらの世界でも、また気の交流をさせてください。
よろしくお願いします。
古屋 雅啓 会社員 稽古歴:28年10ヵ月(1993年7月入会)


西野先生
ご逝去されたと知りとてもショックです。
先生の本やビデオ動画と出会ったのは、90年代後半、今も家にありますが、生江さんの"気の力"は擦り切れるほど読みました。自分は空手をやってますが、呼吸の大切さを感じ、何とか西野流呼吸法を習得したいと独自で呼吸法を練習しておりました。
西野流呼吸法は、武道のみならず、職場や普段の心構えでもとても役立つものと確信しております。
一度22年ほど前、西野塾に数ヶ月通う機会がありましたが、仕事を言い訳に継続出来ずにいました。昨年また西野塾に通えるようになり、他の先生方にご指導頂き、やっと入口に立てたようです。西野先生には、またご指導頂けると思ってましたのでとても残念ですが、先生の残された偉大な呼吸法は、この不安定な世界情勢だからこそ今後の世の中に必要です。世界のリーダー達は西野流呼吸法を習うべきです。
今日は、西野先生のメモリアル・デーです。私は心だけ参加させて頂きますね。
今後も偉大な西野流呼吸法のご発展を心よりお祈り申し上げます。
西野先生もおっしゃってましたが、たとえ習得出来なくても、素晴らしいものに出会えただけで感謝です。
先生、どうぞ天国で安らかに、下界を見守りください。
これからも、どうぞよろしくお願い致します。
山藤 祐


ご冥福お祈り致します
西野先生
何時でもお会い出来ることと思っておりました
とても悲しい事で有ります 心にポッカリと大きな空胴が出来た様です 残念で成りません
寂しくなります
西野先生 安らかにお眠り下さいませ
       合掌
熊坂 仙台 西野流呼吸法グループ
     

今日は2022年4月29日 夫鈴木雅明のお誕生日です。
この日に西野皓三先生に想いを巡らせ、文章を書いているのも不思議な巡り合わせかも知れません。
西野皓三先生の訃報が発表されたのは、2月18日午前0時15分、私のお誕生日で最初に目にしたニュースでした!2022年のお誕生日を西野皓三先生の訃報で迎えたわけです。ここにも不思議な巡り合わせを感じました。

息子、鈴木優人が小学校に上がる年の2月に神戸在住の私達は大阪帝塚山の西野バレエ団まで呼吸法のお稽古に通いはじめました。始めるや否や、健康改善のみならず私の人生は劇的に改善しました!
オランダ留学から帰国直後不調であった私の体は、お稽古と共に晴れ渡る青空のように生き生きとしました!
何よりもまだ50代最後の西野先生から直接基本のお稽古を授けていただいたことはかけがえのない宝物です!
あれから35年間私の人生は西野流呼吸法と共にありました。四半世紀以上の歳月を共に過ごしたのは、家族以外には歌とバッハ・コレギウム・ジャパンと西野流呼吸法しかありません。
どれほどの恵みを受けたか書き記したら一晩かかっても書き終わらないことでしょう。
いつか詳しく書き記してみたいと思います。
西野先生に心からの感謝を込めて。
鈴木環 バッハ・コレギウム・ジャパン 代表取締役 稽古歴35年


これまで西野先生の気を受けて、人生のパワーを頂きました。
感謝は尽きません。
ありがとうございました。
藤井伸章  厚生労働省  稽古歴35年


 私が入塾したのは、平成元年の11月くらいだったと思います。
 以来コロナ禍で中断するまではおよそ32年、1月も途絶える事なく通わせていただきました。私の平成は西野塾とともにありました。
 苦しい時や辛い時も、西野先生との対気で元気を回復することができたと思います。昔は対気の前の講話もとても楽しく、心の支えでした。
 コロナ禍での中断により、最後にお顔を見ることもかなわなかったのは寂しいですが、きっと今も天国から私たち塾生に気を送ってくださっている事と思います。
 長い間ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。
匿名希望  歯科医師 稽古歴 32年


西野先生の訃報に接し、心よりお悔やみ申しあげます。
私、大阪塾へ都合で通算約4年間通いましたが、西野先生に対気の際手を取って正しく修正して頂いたことなどのことが懐かしく思い出されます。感謝してます。
まさしく男のロマンを純粋に追い求められた先生の素晴らしさ、だれにも分け隔てなく対気をされる先生の人格には尊敬の念で一杯です。
西野流呼吸法を世に広めていかれたことは素晴らしく、正に救世主だとおもいます。
西野先生のご冥福を心よりお祈り申し上げあげます。
元塾生 幾度輝夫


西野皓三先生
思えば28年前、先生に命を救っていただきました。
そのときの(御年67歳だったと思います)、先生の少年のような笑顔を忘れることはできません。
そこから夢中になって追いかけた西野先生の姿。そして今でも追いかけ続けています。
誕生会に呼ばれることはもちろん、稽古場以外で会話をさせていただくことも一度も叶わなかった末端の一塾生でしたが、いつも先生は大事に稽古をつけてくださり、何があろうとも「よし、やろう!」という前向きの心身に毎回毎回(一度違わず)させていただいていたことで、どれだけ救われてきたことか・・・。一度も言葉を交わすことなく、本当に多くのことを身体で教えていただきました。
先生との希有なるご縁に感謝致します。
先生の優しさ忘れることができません。
先生、本当に有り難うございました。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
来世というものがあるならば、来世でも是非お会いしたく存じます。
匿名希望


西野皓三先生に出逢えて感謝しかありません!
住まいを京都に移したものですから塾には通いづらくなりましたが
毎日 呼吸体操続けております。
いっぱいエネルギーをいただき
また生きるエネルギーの取り方&活かし方も教えていただき
ほんとありがとうございました&#8252;
近藤芳正 俳優


西野先生へ
東日本大震災の年の9月に入塾しました。
当時、生き方を変えたい思いがあり、たまたま使っていた化粧品の雑誌に由美さんが出ていて西野塾のことを知りました。何かに導かれてすぐに申し込み その日を待ちました。
今、11年がたち、当時の悩みは払しょくされ心が穏やかです
コロナで少し休んでおりますが、西野塾・西野先生と出逢え 呼吸法を学べた事が大変 幸せでした。
先生との対気、忘れません!!ありがとうございました。
児玉 博子  


西野流呼吸法に出会えて本当によかった&#9825;
西野先生、ありがとうございます。
高杉 聖子


5月6日以降
西野先生のご冥福を心よりお祈り申しげます。

温かくて柔らかい西野先生のエネルギーが、まだ体中に残っていると感じるのは私だけでしょうか。
教授就任の折に「雑音は気にせず相手に温かいエネルギーを送りなさい」というお言葉をいただきました。このお言葉は、人間関係の本質を突く鋭いアドバイスで、関係がこじれている時にこそ活かされるコミュニケーションスキルだと思っています。
このように西野先生は、人間の潜在的な身体能力の開花のみならず、コミュニケーションの基本を対気を通して教えてくださいました。

今後は西野流呼吸法が世界中に広がり、解明が進んでエビデンスが蓄積されることを心から願っています。

そして私はこれからも、仙台で貫和先生にご指導を頂きながら稽古を続けていきます。
西野先生、本当にありがとうございました。
吉井初美  東北大学教授 


 想えば今から22年前のこと、私は腎ガンを患い、腎臓の摘出手術を受けることになりました。死を意識した私はそのことを西野先生にお伝えし、助けを求めました。西野塾に行くと西野先生が対氣の折りに患部に氣を入れて下さいました。先生に訊かれ、手術まで一月余りと言うと「間に合わないなあ」と言われ、稽古が終ったら1階に来るようにとのこと、言われるままに玄関脇の部屋に行くと、先生が指導員を呼び、私を脚を投げ出した姿勢で床に腰を下ろさせ、お二人に氣の入れ方を指示されたのです。以来、手術までの一月余り、私が西野塾に行くたびに西野先生との対氣の折りと、稽古後の指導員のお二人による特別入氣をして下さったのです。その結果がどうであったかは先生のご著書『生きる力は呼吸で決まる』に書かせていただきました。以来、西野先生と二人の指導員の先生は私の恩人になりました。子どもの頃から病弱だった私が病気を重ねながらもこの歳(傘寿)まで生きながらえられたのはまさに西野流呼吸法のお陰と思っています。西野先生が亡くなられたのはとても残念ですが、人類遺産と言ってもよい西野流呼吸法を遺して下さったことに対しては、いくら感謝しても仕切れません。本当にありがとうございました。どうか先生、安らかにおねむり下さい。
合掌
外山知徳 静岡大学名誉教授 稽古歴27年


大阪の西野塾で西野先生始め指導員の先生方に御指導頂いた事 ありがたく いつ迄も心に残っております。
西野塾での練習は常に楽しい身体にエネルギーの充満する体験でした。誠にありがとうございました。
これからもこれまで以上に西野先生より受けた気のエネルギーの充足を意識して西野先生の顕在を感じ 西野塾の益々の御発展を願っております。
 西野先生への感謝とご冥福を心よりお祈り申し上げます。 深謝
大西 一成 紘恵 大阪塾生


西野先生
いつも素敵なお稽古をありがとうございます。
このお手紙が最後になりました。残念です。
心よりご冥福をお祈りいたします。
西野塾は残られた指導員の先生方がしっかり守り、私たち塾生は、元気にお稽古にはげみます。
安らかにおやすみ下さい。
工藤 恵 塾生


私が西野流呼吸法を知ったのは,今から19年前,職場に来るバスの移動図書館の中から見つけた本でした。
それまで約20年もの間,鎮痛剤が手放せないほど重い偏頭痛に悩まされ続けてきた私は,これだっ&#8252;と思って,即その日に,大阪校に入会依頼の電話をしました。
初めてのお稽古の日に見た光景が私にとってとてもショッキングだったのか、その晩38.5℃の熱を出しました。
大人になってからの発熱は初めてでした。
あくる日には熱も下がり,まるで知恵熱だったかのように,一晩で体質が変わってしまいました。それ以降,どんどん元気になっていきました。寝込むような偏頭痛なし,鎮痛剤からも即,卒業できました。

西野塾に通うようになり,初めは対気をしてもなんの反応もなく終わっていました。一月たっても、半年たっても、一年たっても何の変化もありません。
あらあらと思いながら、一年半たった時、もう塾通いはやめようかなぁと思っていたある日、ふっと身体が2、3歩後ろに下がりました。
初めての反応&#8252;
私にも反応がきた&#12316;と感動しました。
それからは、走ったり,転んだり,前転したり,指導員の先生の周りをぐるぐる回ったり,どんどん対気の反応が変わっていきました。一年半たって反応がなかったらやめようと思っていましたが,あの時やめなくて本当に良かったと思います。
それから毎回,行きは,足取りが重くても,帰りはルンルンで,駅の階段の昇り降りもスッスッと軽々できました。
西野塾に行く前は,頭も身体も重くて疲れ切って行っていたのですが,基本の体操の途中から頭の中が空っぽになっていくのがわかりました。
これが空になること=リセットなんだと実感しました。
性格もどちらかというと,ネガティブでしたが,それも「そのうちなんとかなるさ&#12316;」という気持ちになり,とても生きやすくなりました。

私は,小学校の教師を38年間続けました。退職前の15年ほどは,学級崩壊が社会現象となり,その後は,モンスターペアレントの出現・対応など学校激動の時期に働いていました。

しかし,西野塾に通っていたおかげで,定年まで休むことなく働き続けることができました。
初めは,働いているからお給料がもらえて,道場に通えるのだと思っていました。しかし,途中からは,西野塾に通っているから働き続けていられるのだと考えが変わりました。大きな事件にも事故にも遭わず,ラッキーな教師生活が送れたのは,西野流呼吸法に出会ったおかげです。
定年まで働き続けられたのも,呼吸法の成果としか思えません。
また,子どもたちにも呼吸を変えて深い呼吸をさせると,ちびまる子ちゃんの顔にさーっと線がでるように,教室の空気がさあ&#12316;と落ち着いていくのがわかりました。

運動会や学芸会などの学校行事の前の緊張感や始業前のざわつきは,呼吸法で見事にとれました。
西野塾に通ったのは,在職中の最後の10年間だけでした。
でも,その10年だけでも心が平穏で幸せな生活が送れたと思います。
西野先生のおっしゃる"気育"の浸透は,教え子に「やれた,できた」というまでには至りませんでしたが,自分の“気育“は育てることができたという自負があります。西野塾のおかげで今の私があります。本当にありがとうございました。
無記名 稽古暦10年


超しなやかな身体、漲る超パワー
先生の身体能力の高さに毎回毎回、驚愕いたしておりました。
長年の陰でのご努力を&#22127;にも出されず我々をお導きいただき、またご指南を賜り厚くお礼申し上げます。身体知を体現いただいた西野先生、足芯呼吸を日々欠かさず今後の人生に活かして参る所存です。
衷心よりお悔やみ申し上げます。
匿名 リハビリトレーナー 稽古暦20年